第16話 エルネンの夜
読んでいただきありがとうございます。今話で、一章完結です。
「王子様、お怪我はありませんか。」
エルネンは酒場を出ると、すぐに声をかけられた。
リリアーナがさっき逃げ出した男女を、木に縛り付けていた。
「リリー、王子様は無事だよ。どう見ても俺の心配が先だろう。」
アリストラは、赤く滲む腹を抑えている。斬られた部分は深くはないが、具合が悪そうだ。
「毒か。王子様、本当にお怪我はないですか。」
彼女はそちらに見向きもせず、腕、腹、顔と僕の体をチェックする。それは全て返り血だ。
頬をグッと掴まれ、グイッと目の下を拭われた。月光に、彼女の瞳が不安そうに揺らめく。
(見るたびに変化する。不思議な色だ。)
「アリストラが守ってくれたから、僕は大丈夫です。」
無事とわかると、パッと手を離された。
「代わりに斬られてくれたというわけですね。やるじゃん、アリス。」
二人は拳を合わせる。
「王子様ったらノーガード戦法で突っ込んでいくんだぞ。どこでそんなのを身につけたんだか。もっと命を大切にしてください。」
アリストラは、のそのそと馬に跨る。
この場はそのまま残して、オズワルドに手柄を渡すことにした。
月明りの下を、城に向かってゆっくりと歩き出した。もうすぐ朝日が昇るだろう。
リリアーナは、横で馬を引く。
「アリスに毒はききません。気にしないでくださいね。これも私たちの仕事ですから。」
確かにアリストラは、徐々に元気を取り戻していった。これがステラの傭兵か。
まだ、お礼を言っていなかった。それに。
「この間のこと、二人に謝りたくて。君たちの前任者に襲われたのは、そのことを話した時だったから。」
その時を思い出し、取り乱したのだ。
王の病気は国の秘密だ。それは弱点になりえた。
王が病に倒れた時だ。不安なあまり、唯一心を許した相手にそれを話した。
王の崩御と継承に、第二王子の僕が邪魔だったのだろう。その晩、信頼していた護衛騎士に斬りかかられたのだった。
「その騎士は、殿下が斬り返したそうですね。それほどの実力があれば、俺たちなど不要の存在かも知れません。しかし、気になることがあって。」
急に熱く語り出す、馬に跨るアリストラを見上げた。
「「王子様が、夜よく眠れていないようだったから。」」
護衛二人は声を揃えた。
「私たちを信用して、ゆっくり眠って欲しいのです。この三年が重要なのですよ。……成長期だから。」
自分では気にしていなかったのだが。十五にしては、背が低い方だった。女のリリアーナを、少し見上げた。
「僕が小さいから、心配してくれたのですね。寝室を、いつも守ってくれてありがとうございます。」
リリアーナは、アッと思い出したように足を止めた。アリストラは、モタモタと馬を降りた。
二人は、僕の前に跪いた。
「俺たち、騎士の位は受け取らなかったのです。なので、王国に忠誠は誓っていないのですが。」
「エルネン王子、この三年間貴方様を裏切らず、お守りすることを誓います。」
二人は同時に顔を上げた。今はその気持ちを、受け止めなくてはいけないのに——
(彼女も出会った時に、そう言ったっけ——)
ギュッと胸が締め付けられる。
「そうかい。じゃあ、もう少し命を大切にしないとなあ。君たちの仕事もなくなるし。」
思い出を振り払いたくて、下を向いて歩き出した。
「王子様は、俺たちが仕事のためにその身を守っていると思ってるらしい。」
アリストラはハアとため息を吐き、リリアーナは、やれやれと首を横にふった。
二人は、後に続く。それをチラッと振り返って聞いた。
「それ以外に、理由があるのかい。」
「わからないのですか。リリー、言ってやれ。」
白んできた空を見上げた。二人は交互に口にする。
「エルネン様の、青い瞳が綺麗だから。」
「金髪が、キラキラと美しく反射するから。」
「笑った顔が、幼い顔に似合わず儚いから。」
ピンとこなくて首を傾げると、二人はハハっと笑った。
城がもうすぐ見えてくる。三人は横に並んで、歩き続けた。
読んでいただいてありがとうございました。この後も続きますので、二章もよろしければお願いいたします。




