湧き出る影
登場人物
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
丘坤…………美質な弓の名手。妖しの狻猊を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
巩岱…………細作。介象に仕える。
欧陽坎…………矛の手練者。妖しの短狐を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
藺離…………槍の手練者。妖しの火鼠を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
蚩尤…………邪神。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
尊盧…………妖し。黄色い瞳の武者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
赫胥…………妖し。短槍の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
風沙…………妖し。美貌の持ち主。蚩尤に仕える九黎のひとり。
蒼頡…………妖し。剣の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
軒轅…………妖し。老爺の姿。蚩尤に仕える九黎のひとり。
裴巽…………魯国の若き将校。妖しの飛廉を僕に持つ。
太皞…………妖し。老婆の姿。蚩尤に仕える九黎のひとり。
夸父…………巨人の妖し。性質は狂暴。隻眼で緑の皮膚。
赫胥の影が地より涌いて出た。赫胥と同じような形を成すと、黒い影は欧陽坎に斬り掛かった。
「――――⁉」
眼を剥いた欧陽坎は、咄嗟に黒い短槍の斬撃を受け止めた。重い。影がもうひとりの赫胥になったようなものだった。
「くっ!」
欧陽坎は、渋面となった。
藺離は、赫胥に数多の穿突を放つと攻勢に出た。
「戦れそうか、欧陽坎――‼」
「俺を誰人だと思ってやがる‼ さっさと此奴を斬り伏せねえと、世の中大変なことになりそうだぞ、兄者‼」
欧陽坎は、影の赫胥を力尽くで押し返すと、剛の一閃を放ち、その影を一歩後退させた。
「ほう。流石は萬軍八極と云ったところか。では、これはどうか?」
赫胥は、右手の中指に人差し指を重ね合わせ、胸の前に突き出すと妖気を繰った。
すると――。
木立の陰から、新たな赫胥の影が次々と浮き出た。その影が全部で八体にもなると、疾風の如く藺離と欧陽坎に馳せ寄った。
「チッ。厄介な化け物だ」
「気を抜くな、欧陽坎‼」
「わかってらあな‼」
藺離が声を荒らげると、長髯を揺らして蝟集する影に躍り込んだ。
それに負けじと、欧陽坎も矛の一閃を縦横無尽に繰り出した。
微笑を湛えた本体の赫胥は、小脇に短槍を挟み腕組んでいる。高みの見物の体だった。
影とは云え、赫胥の一閃は迅くて重い。四体ずつを対手にしている藺離と欧陽坎は、防戦の一方を余儀なくされている。
「そんなものか、萬軍八極とやらは?」
赫胥が肩を落としかけたときだった。
先に僕を呼び込んだのは、欧陽坎だった。
「短狐――‼」
青い毛並みに白の鬣がある。欧陽坎の首元に巻き付くように現れたのは、獺のような妖しだった。蓋を開け放った瓢箪と近くに流れる小川から、幾つもの拳大の水の塊が宙に浮遊した。それが矢のような速さで八体の赫胥の影に向かって飛んだ。




