異常な事態
登場人物
蚩尤…………邪神。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
尊盧…………妖し。黄色い瞳の武者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
赫胥…………妖し。短槍の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
風沙…………妖し。美貌の持ち主。蚩尤に仕える九黎のひとり。
蒼頡…………妖し。剣の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
軒轅…………妖し。老爺の姿。蚩尤に仕える九黎のひとり。
裴巽…………魯国の若き将校。妖しの飛廉を僕に持つ。
太皞…………妖し。老婆の姿。蚩尤に仕える九黎のひとり。
夸父…………巨人の妖し。性質は狂暴。隻眼で緑の皮膚。
操人蟲に占拠された人体は、日増しに痩せ細る。操人蟲は、宿った人体が使い物にならなくなったと判断すると、その人体を捨てて再び耳より這い出る。操人蟲に捨てられた人体は、腐り果てるだけだった。
「何じゃ、お主らは?」
男どもに縛られた縄を解きながら、老爺の軒轅は叔孫豹と陽虎に尋ねた。
「私は陽虎と申す者。こちらは三公のひとり、叔孫豹さまです」
怖ず怖ずとした叔孫豹に代わり、堂々と返答したのは陽虎だった。
「ほう。陽虎と叔孫豹とな。儂に何用じゃ?」
軒轅は、皺を深くした満面の笑みを二人に返した。
「新兵の数はどれほどになったかと、蚩尤さまが申しておられます」
軒轅は顔を綻ばせ、男どもの縄を解いていた。解かれた者は、依然として横になったままだった。どれもその眼に生気はなかった。
「まだ百五十ほどじゃ。操人蟲を増産するのも難儀でな。宿すのなら、活きの良い若人の方が長持ちするのだがのう」
作業を止めた軒轅は、叔孫豹と陽虎をじっと見詰めると、ぞっとするような残忍な薄ら笑いを口辺に刷いた。
「――――⁉」
叔孫豹と陽虎は、軒轅の笑みには何も答えず、そそくさと踵を返すと、その場から立ち去った。
悍ましいものでも見たように、叔孫豹の血色は悪かった。
「こ、これは本当に現実なのか? この異常な事態は、いつまで続くと云うのか……」
陽虎の前で肩を落として歩く叔孫豹が独語した。
時を同じくして、玉座の間に姿を現したのは、白髪を振り乱し、両の眼を閉じた盲目の老婆だった。薄汚れた白装束を纏い、杖を突いたその老婆は、水晶を片手にしている。
「これはこれは、太皞どの」
老婆の太皞を認めた尊盧が、さっと身を寄せその手を取ると、蚩尤の前まで誘った。
頬杖を突いた蚩尤は、不敵な笑みを浮かべて質した。
「どうした、太皞? 何か見えたか?」
荒げた呼吸を整えると、太皞は深い皺の走った顔を引き攣らせて語り出した。




