悪夢の城郭
登場人物
蚩尤…………邪神。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
尊盧…………妖し。黄色い瞳の武者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
赫胥…………妖し。短槍の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
夸父…………巨人の妖し。性質は狂暴。隻眼で緑の皮膚。
陽虎は、苦悶の表情を浮かべると臍を噛んだ。脇目も振らず三公に追従して歩いた。
都には、男とも女ともわからぬ悲鳴が木霊し、四肢を留めない無惨な屍体が至るところに転がっている。
その惨状に家を捨て、曲阜から一刻も早く逃れようとする者も在ったが、夸父に悟られるのが落ちだった。逃げ場を失った民は、息を顰め、身を震わせながら屋内に籠るしか手段がなかった。
夸父の足音が近付いている。気配が遠ざかっても、また別の夸父が近付いているかもしれない。曲阜からの脱出は、民草にとって運次第だった。
それから三日後――。
血生臭い玉座の間、その窓からは、三公の季平、叔孫豹、孟献が、青褪めた表情で城郭を見下ろしている。
その後方には、神妙な面持ちの陽虎が侍っていた。
魯の重臣たちは、只、手を拱いて都が地獄絵図となるのを傍観するしかなかった。
「民草を守らなくても良いのか? まあ、そのようなことをすれば、お主らの首は胴から離れるがな」
豪奢な兜と鎧を身に纏い、矛を引っ提げた武者だった。髭のない端正な顔立ちだが、肌は浅黒く、奇妙にも黄色い瞳だった。態態、三公の近くまで身を寄せ、嘲り笑ったのは、蚩尤の許に馳せ参じた九黎のひとり、尊盧だった。
三公は、その声にどれも恰幅の良い躰を縮こませたが、後方に控えた陽虎は、尊盧に侮蔑の眼を向けた。
その眼を受け止めた尊盧は、高笑いして玉座に在った蚩尤の許に身を翻した。
壁に憑れた全身刺青の赫胥が、その様子を詰まらなそうに眺めている。
「夸父どもが捕える者は粗悪で、その生き血はどれも飲めたものではございませぬ。良質な生き血を摂るに難儀せぬ方法はないのですか、蚩尤さま?」
些細な所作でも、馥郁とした芳香が放たれていた。豪華絢爛な着物で身を包んだ、高貴な麗人にさえ見える。胸にはすやすやと眠る二歳ほどの幼児を抱いていた。その美貌の主は、玉座で頬杖を突き、足を組んで欠伸を晒す蚩尤に訴えた。




