青年の嘲笑
登場人物
昭公…………魯国の第二十五代君主。三公により魯国を追放される。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
王子喬…………端正な顔立ちの青年。
世に放たれた王子喬の姿は、今や魯の都、曲阜に在った。
曲阜は活気に溢れ、そこに住む民も従順な性質のようだったが、どこか不安げに見えた。
それもそのはず。国を統治する君主が不在なのである。いつ、どこから隣国が攻め寄せて来るかもわからない。その不安が民草の笑顔に影を落としているようだった。
不在の君主に代わり、魯国を牛耳っていたのは、司徒の季氏、司馬の叔孫氏、司空の孟氏だった。魯の第十五代君主、桓公の子孫であることから、巷では三桓氏と呼ばれている。
王子喬は、民に眼を細めると城郭から外に出た。
昼間であれば容易に出入りできる。城郭の外には、広く長い街道が続いていた。人々の往来も引っ切りなしだった。擦れ違う人も様々で、商人のような者もいれば、職人のような者、杣人のような者まで歩いている。
王子喬は、いずれの者とも擦れ違う間際に微笑を湛えた。
向かってくるように歩いて来たのは、女児を真ん中に、その両手を父母がそれぞれ握った親子だった。身形は良くも悪くもない。何かの商いで生計を立てている家族に見えた。
女児が嬉しそうな笑みを湛え、代わる代わる父母を見上げている。それに両親も柔らかな笑みを返していた。
王子喬は道を譲るように身を避けると、再び微笑を湛えてその家族に眼を細めた。
互いに殺り合え――。
今度は、擦れ違っただけではなかった。
王子喬は父母に飛ばしていた。飛ばしたのは呪念だった。王子喬にしてみれば、人など塵のようなものだった。晒した涼やかな笑みは、人々を嘲ったそれだった。
擦れ違う人々の数が次第に少なくなり、すっかり人気がなくなると、王子喬は郊外に切り立つ岩肌に達した。よく見れば、人がひとり入れるほどの穴が開いている。
「ここだ、ここだ」
王子喬は独り言ちると、足取りも軽く洞窟の中にその身を運んだ。
最初は身を屈めてしか進めなかったが、外の明かりが届かなくなる距離まで達すると、身を屈めずとも済むような大きな空間が続いているようだった。
王子喬は、懐中から青い布の小さな切れ端を二つ取り出すと、ふっと息を吹きかけた。
すると――。