猛攻撃の水
祁盈…………周王朝の血筋を汲む晋国の重臣。
楊食我…………周王朝の血筋を汲む晋国の重臣。
欧陽坎…………矛の手練者。
藺離…………槍の手練者。妖しの火鼠を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
「ん……?」
長髯の藺離は、思わず首を傾げた。
よく見れば、撒かれた水が地に吸い込まれていない。地に落ちるどころか、宙に浮いている。
欧陽坎の虎髭が、奇妙に動いた。笑ったようだった。
すると――。
宙に浮いた水が、幾つかの拳大ほどに結集すると、眼にも留まらぬ速さで藺離に飛来したのである。
「――――⁉」
咄嗟に身を伏せ、地を転がるようにして避けた藺離は、眼を剥いて振り返った。
バキバキッ――。
乾いた音が幾つも連なった。
疾風の如く飛び去った水の塊は、触れた木々を削り、幹に穴を開けるほどの威力だった。
「おっ? 鬼弾を躱しやがった」
驚きの形相を晒したのは、欧陽坎も同じだった。
「久し振りに手応えのある奴に出会えたって訳か」
すぐさま上機嫌に一変した欧陽坎は、腰に結わえた瓢箪を立て続けにひっくり返して水を振り撒いた。宙に浮く水に斬撃を加えると、水の刃となり藺離を襲った。
「――――⁉」
纏った道袍の端々が斬られている。藺離は、次々に飛来する水の斬撃を寸でのところで躱しているが、欧陽坎の猛攻に反撃の機を見出せずにいた。瞬時に悟ったこともあった。対峙する欧陽坎から感じられるのは、明らかな霊気だった。その霊気を練り、妖しを操っているはずだった。
飛ぶ水の斬撃が止んだ。藺離は、欧陽坎の姿を探した。前方に見当たらない。
殺気だった。藺離は振り返り様、頭上から振り下ろされる矛の一閃を槍の柄で受け止めた。ずしりと重い一撃だった。柄で受けなければ、頭は割られていただろう。
「――――⁉」
虎髭の面貌に不敵な笑みが浮いている。その首元に巻き付いていたのは、全身を爽やかな青色の毛に覆われ、白い鬣を備えた獺のような妖しだった。




