三公の野望
登場人物
昭公…………魯国の第二十五代君主。三公により魯国を追放される。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
王子喬…………端整な顔立ちの青年。
「何も困るようなことはあるまい」
両耳の作りが小さい。季平の右方より恰幅の良い身を寄せて云ったのは、季平と変わらぬ五十路の三公、司馬の叔孫豹だった。軍政と軍務を司るのが司馬である。
「左様。これまでどおり、我らで国を統治すれば良い」
口許を覆うほどの白髭を蓄えている。季平の左方より身を寄せたのは、これも恰幅が良い三公のひとり、季平、叔孫豹と違わぬ年代の司空、孟献だった。司空は土木工事や各種工作を司った。
「そんなことはわかっておる。儂は昭公さまの身を案じたのだ」
季平は叔孫豹と孟献を交互に見遣ると、溜息混じりで返した。
「ん?」
「はて?」
怪訝な顔を向けた叔孫豹と孟献に、季平は不気味な笑みを浮かべた。
「果たして、国を捨てて逃げるような君主を受け入れる諸国があろうか? 勿論、我が魯国も再び迎え入れる気は毛頭ないがのう」
叔孫豹と孟献の相貌が、季平と同じような笑みとなった。
「確かにのう。だが、仕方あるまい。昭公さま自らが撒いた種じゃ」
「我らの働きにより、昭公さまの手を煩わせずに済んでおったというに。それに気付かぬとは、憐れなお方よのう」
季平は、空いた玉座に冷ややかな視線を投げると踵を返した。
それに叔孫豹と孟献も続いた。
「我ら三桓氏さえおれば、魯は久遠、安泰であろう」
云った季平に叔孫豹と孟献が頷首すると、三人は揃って呵呵と大笑した。
これより魯国は、八年もの間、正統な君主が不在の異質な時代へ突入することとなる。
二年ばかりの時が過ぎた。
頭には白い藤蔓の冠を戴いている。その端整な顔立ちの青年は、青い方衣を纏っていた。
王子喬――。
その青年が与えられた名だった。