遭遇の長髯
登場人物
祁盈…………周王朝の血筋を汲む晋国の重臣。
楊食我…………周王朝の血筋を汲む晋国の重臣。
欧陽坎…………矛の手練者。
見れば、身の丈は八尺を超え、頭には黒幘を被り、虎のような髭を蓄えていた。腕組みした胸板は厚く、黒の襦に白の褲を纏っている。その黒襦の上からは、胸背を保護するような胴巻きを備えていた。
柄は紺色だった。先端を穂鞘に包んだ矛の柄を小脇に挟んでいたが、奇妙なことに、腰には大小幾つもの瓢箪をぶら下げている。
この者こそ、祁盈が放った刺客、矛使いの欧陽坎だった。
奇妙な出で立ちに、往き交う人々の視線が欧陽坎へ注がれていた。
欧陽坎は、その視線に、くわっと環眼を引き剝き威圧した。
人々はどれも眼を背け、災難が降り掛からぬよう祈りながら、そそくさと素通りするような塩梅だった。
雨の日も風の日も、欧陽坎は幾日も同じ行動を繰り返した。誰人かを待つようでもあり、探しているようでもあった。
「白い頭巾に、臍まで届きそうな長髯を蓄えている。この男を始末するのだ」
特徴は、祁盈に仕える近侍のひとりに教えられていた。この男を抹殺するのが、欧陽坎に与えられた使命だった。腕前を買われ、百人ほどいる祁盈の食客の中から、白羽の矢が立っていた。
「お安い御用だ」
ひょんなことから祁盈の食客となった。食い扶持には困らないが、退屈さに嫌気が差していたところだった。欧陽坎は、勇んだ。
その男がよく通ると聞いた翼の郊外に足を運び、張り込んでみたものの、幾日経っても現れる様子がない。早くも先方が察知し、身を隠したのではないかと疑い始めた頃だった。
「――――⁉」
欧陽坎の環眼が、大きく引き剝かれた。
年齢と上背も欧陽坎と差ほど違わぬように見えた。白い頭巾と道袍を纏い、道袍の上から胸背を保護するような胴巻きを備えている。見事に伸びた長髯は、臍まで達するほどだった。刃が穂鞘に包まれた朱色の長柄を、肩に掛けるようにして闊歩している。
欧陽坎の躰は、勝手に動いた。身を預けた木立から勢い良く背を離すと、長髯の男に向かって脇目も振らず堂々と歩み寄った。
往来する人々は歩みを止め、欧陽坎に好奇の眼を向けた。
そのような中でも、欧陽坎の視線は、長髯の男だけに注がれていた。




