追放の君主
時は紀元前五一七年、麗らかな春の日のことだった。
宮廷の礼制により先代を祀る儀式に姿を現したのは、峨冠博帯に威儀を正した魯の第二十三代君主、昭公だった。四十も幾つか過ぎた頃の昭公は、眼にした光景に愕然となった。
無理もない。舞楽を披露する者は僅か二人ばかり。舞う者がひとり、伴奏する者がひとりという塩梅である。先代君主のための祭儀にしては、あまりにも粗末な為体だった。
同じ頃、魯の三公のひとり、司徒の季平も先代の祭祀を催した。
三公とは最高位に位置する三つの官職、司徒、司馬、司空のことであり、司徒は田土、財貨、教育などを司った。
魯では、三公の官職が代々世襲されていた。中でも司徒に就く季氏が最も権力を有していた。
舞台には所狭しと舞人の姿が在った。その舞台を囲うように演奏する者たちが整然と並んでいる。
太い白眉の下は、開いているかもわからないほどの細い眼だった。知命の頃を迎えた恰幅の良い季平は、悠然と腰を下ろすと満足げに舞台を見遣った。
それもそのはず、舞楽を披露する者の数は、優に六十を超えていた。
これが昭公の耳に入った。
二十数年来、魯の君主として在位していた昭公も、度を越した主従逆転の現象に、堪忍袋の緒が音を立てて切れたのである。
「もう我慢ならん‼ これほどまでに余を愚弄するとは何事か――⁉」
堪らず昭公は、季氏討伐の兵を向けた。
確かに、君主の昭公は近衛兵を囲っていた。しかし、その兵は近衛兵とは名ばかりの雑兵だった。
昭公は勢いを以って季平の邸まで兵を進めたは良いが、事前に事を悟られた季平の精兵により返り討ちとなった。そればかりではない。反対に勢いを増した季平の軍勢は、昭公を追い立てると、遂には魯国より追放してしまったのである。
「大人しくしておれば良いものを」
宮廷に在った季平は、太い白眉の下の細い眼を空席の玉座に向けて呟いた。