槍術の藺家
登場人物
藺石…………藺家の当主。槍の達人。八人の子息を持つ。
藺授…………藺家の長子。苛烈な槍の名手。
藺離…………藺家の次子。槍の手練者。道徳的な思想を持つ。
紀元前五二〇年、斉国は臨淄――。
手にした槍の穂先は、どれも穂鞘に包まれていた。
先ほどまで共闘していた者が、一瞬で敵になる。
広大な邸の庭で繰り広げられていたのは、槍を得物にした者たちの乱戦だった。
寄り付く者が瞬時に打ち据えられている。
中でも、腕の際立つ者が八人いた。その八人は、兄弟だった。母が同じ者もいれば、違う者もいた。だが、父はどれも同じだった。
眉間に鑿で彫ったような皺を寄せている。四十も半ばに達した頃の丈夫である。高台で腕組みし、鋭い眼光で混戦を検分していたのは、八兄弟の父親、藺石だった。
その藺石の家柄は裕福だった。それもそのはず、斉国に請われ、兵たちに槍術を指南する立場にあった。加えて、百人ほどの徒弟を囲ってもいた。
広大な邸の庭では、八兄弟と徒弟たちが、いつも切磋琢磨して槍の腕を磨いている。
槍術の藺家――。
年齢など関係ない。巷でそう呼ばれる藺家の一門では、当然、槍術が全てだった。槍術に巧みな者から序列が付けられている。
当主である藺石は、まさに烈火の如き槍術の持ち主だった。槍風は焔が迸り、槍突には炎が渦巻いた。奇妙にも右手首の内側には、八芒星の痣があった。
藺石の血を受け継ぐ八人の兄弟たちは、長子が齢二十一、末子が齢十三だった。槍術では、どの徒弟たちも八兄弟には歯が立たなかった。八兄弟の中でも、長兄の藺授と次兄の藺離が繰り出す槍術には、眼を見張るものがあった。しかし、ひとつ年長の藺授に、藺離は一度も勝ったことがなかった。
百人ほどの徒弟たちが、皆、呻き声を上げながら倒れている。
立っているのは、またもや兄弟の八人だった。兄弟たちは、皆、藺石から萬軍八極のことを聞かされていた。強い者の右手首には、八芒星が表れると信じている。その八芒星が表れた者が、次代の当主ということだった。
藺石の八芒星は、日増しに薄くなっているように見えた。その藺石も、八人の誰人かから八芒星が表れることを待ち遠しく思っているようだった。
長兄の藺授は、年下の弟たちに容赦なかった。猛然と打ち掛かっては、地に膝を突かせた。
片や次兄の藺離は、勢い良く打ち掛かってくる弟たちの槍を叩き落し、穂鞘で覆われた穂先で腹を突いていた。父の藺石、兄の藺授に比すれば、烈火の如き槍術には遠く及ばないように映った。




