脅威の九黎
登場人物
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
巩岱…………細作。介象に仕える。
丘坤…………美質な弓の名手。妖しの狻猊を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
娄乾…………萬軍八極のひとりと思しき富豪。
蚩尤…………邪神。
九尾狐…………白い毛並み。探索、索敵が得意な妖し。
金烏…………黄金に輝く烏のような妖し。探索、索敵が得意。
彭侯…………木の精と呼ばれる妖し。寝床を作る業に長ける。
その折だった。
闇からすうっと姿を現したのは、九尾狐だった。
「蚩尤、曲阜ノ宮廷ヲ制圧。民ノ虐殺ヲ繰リ返シ、城郭ハ混沌ス。蚩尤、曲阜ノ宮廷ヲ制圧。民ノ虐殺ヲ繰リ返シ、城郭ハ混沌ス」
「これは、急がねばならんな」
元緒が、酒を舐めるのも忘れたように唸った。
九尾狐は、後ろ脚で耳を掻くと、続けた。
「曲阜ニハ蚩尤ノミナラズ、九黎ガ集結中。曲阜ニハ蚩尤ノミナラズ、九黎ガ集結中」
そう告げた九尾狐は、すうっと消えてしまった。
同じように、満腹となった彭侯も姿が薄くなって消えた。
「――――⁉」
元緒の顔色が変わったようだった。
「九黎……?」
疑念の色を浮かせた介象に応じたのは、丘坤だった。
「聞いたことがございます。介象さまに萬軍八極があったように、蚩尤には九黎が従っていたと……」
「蚩尤に味方する九体の妖しのことじゃ。獰猛で戦好き、人を喰らう。各地に封印したはずじゃが、蚩尤が復活させおったか……。こりゃあ、益々厄介じゃわい」
「…………」
介象は、徐に腕組みすると、何やら考え込むようにした。
「金烏からの報はどうじゃ? まだ戻らぬか?」
「……討たれている」
「――――⁉」
眼を剥いた丘坤と元緒は、息を飲んだ。
介象は、深呼吸してから静かに告げた。
「こちらが動き出しているのを悟られねば良いが……」
「蚩尤の許に九黎が集っていることを我らが知ったように、我らが萬軍八極を探し出しておることも、直に蚩尤の知れるところとなろう」
「……老父が申しておりました」
焚火の炎越しから、冴えた眼差しの丘坤が語った。
「萬軍八極は、宿命である――と。宿命であればこそ、蚩尤を前に必ずや集うはず。我らは、蚩尤による災禍の広がりを、身命を賭して防がねばならぬのですから……」
「…………」
介象は、燃えるような丘坤の瞳を静かな眼差しで見詰め返した。
そんな中――。
焚火を囲んだ一行の様子を木立の陰から物見している若者が在った。
捻じった布を鉢巻き、煤に塗れた精悍な顔立ちは、獲物を狙う豹のような眼をしていた。軽鎧の上から獣の毛皮を纏い、褲の上から虎の毛皮を腰に巻き、二本の短剣を佩びている。肩から先と腿から下は、煤に塗れた素肌が剥き出しだった。
豹のような眼は、介象が腰に佩びた三剣と、美質の丘坤に注がれている。
「こりゃあ、銭になりそうだぜ」
若者は、舌なめずりして独語した。
空には無数の星が瞬く静かな夜だった。




