颯爽の娘子
登場人物
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
巩岱…………細作。介象に仕える。
丘坤…………美質な弓の名手。
原野を疾駈していたのは、一騎だった。
円形で灰白色の斑模様がある葦毛の駒である。
馬上の者の姿は、男の身形だった。眉は秀で、唇は紅く、聡明そうな瞳をしている。白の道袍を纏い、腰には一振りの剣を佩び、弓箭を背負っていた。一纏めにした長い黒髪を一本の簪で彩り、豊かな頬に風を受けている。
丘坤という名の娘子だった。勇ましくも美質な丘坤は、何かに突き動かされたように先を急いでいた。
老いた父は、山裾にある小さな集落の長だった。丘邑――。いつからそう呼ばれているかわからなかったが、代々邑長を務める家柄だった。
丘坤には二人の弟がいたが、若かりし頃の父からは、どういう訳か丘坤だけが武芸を仕込まれた。取り分け、弓術は幼い頃から徹底的に叩き込まれた。
左右どちらからも矢を射ることを強いられた。百歩離れたところから、定めた一枚の小さな葉を射抜くまで食事を与えられないこともあった。宙吊りにされたまま、矢を射る訓練も強いられた。どのような場所、体勢からでも、狙い定めたところを穿つよう養成された。
庭で遊ぶ弟たちを尻目に、学問と教養も教え込まれた。そのうち、朧げに丘家代々の使命が見えてきた。物心が付く頃には一本の簪と一体の妖しを付与され、霊気の繰り方を教えられた。弟たちとは明らかに違う扱いだった。
昨年、母が死んだ。
「これを母と思うがよい」
老父から渡されたのは一張の弓だった。
深い緑色に輝く、ずしりと重い弓だった。握の下に羽の装飾が施された弓幹は、青銅で造られている。透明で張りのある嫋やかな弦は、何が材料なのかわからなかった。それは、代々丘家の主に伝わる弓だった。
そして、十日ほど前――。
邸の庭で杖を突き、拝跪した丘坤に厳しくも温かい視線を向けている。
「丘家の口伝通りであれば、よもや大事が迫っておる。丘家の主は今やお主。当主が女の代にこんな日がやって来ようとは……。だが、お主には全てを伝えてある。往け、丘家の宿命と共に――」




