蠢動の予感
登場人物
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
巩岱…………細作。介象に仕える。
「本来であれば、廉武さま御自身が馳せ参じたかったはず。しかし、易々と国を離れる訳にもいかず、代わって拙者を放ったのです。それに……」
懐古から覚めた介象は、巩岱の眼差しを見詰め返した。
「拙者も介象さまにお仕えすることを志願しておりました。今や我が師、淳于甫は、その名誉を回復せられ、忠臣の士として祀られてございます。拙者にも、介象さまに恩を返す所以はあるのでございます」
「配下の数は?」
静かだが、銅鑼のような声音で元緒が質した。
「選りすぐりの腕利が十人」
力の籠った眼で巩岱は返した。
元緒は、嘆息すると張り詰めた気を緩めた。
「儂は、元緒じゃった。今は此奴が介象、儂の弟子じゃ」
「存じております。これまでも廉武さまの命により、介象さまの行方は探っておりました故」
「うむ。そういうことだそうだが、どうするかえ、介象?」
介象は、静かに拱手した。
「これほど心強いこともない。以後、宜しく頼む、巩岱」
破顔した介象に、巩岱は眼を剥いた。
「はっ」
巩岱は、眩しい破顔から眼を伏せるように下を向いた。心が顫えた。嬉しさと感動で溢れ出しそうな涙を堪えた。
それを見届けた介象は、踵を返すと再び山を下り始めた。数歩も歩かないうちに、巩岱の気配は消えていた。
しかし、得体の知れない視線は依然として背に感じる。
「視線の主は、巩岱ではなかったのう」
「ああ。何らかの妖し、その視線のようだ」
「直感も方士の資質のひとつ。良いものを持っておる」
「何かが、動き出しているな」
介象は確かな足取りで、ゆっくりと歩を進ませた。
木々の緑が風に揺れている。
大気の邪気は、益々濃くなっていた。




