仕官の細作
登場人物
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
巩岱…………細作。介象に仕える。
眼尻に小さな皺を走らせ、無精髭を生やしている。
「介象さまにお仕えせよ――。廉武さまの御命令でございます」
「…………?」
聞き覚えのある名だった。介象は瞑目すると過去を遡った。瞬時に刮目すると、巩岱を振り返って声を弾ませた。
「廉武とは、陳国の廉武のことか――⁉」
「左様でございます」
巩岱は、安堵して口辺に微笑を刷くと頭を垂れた。
「廉武……廉氏の生き残りであったあの小童か――⁉」
思い出したような元緒も驚嘆していた。
声を発した亀に、巩岱は驚きを見せることもなく、唯、眼を細めた。
かつて、介象が介象と名乗る以前、陳国で起きた騒動の巻き添えとなった童子に手を貸したことがあった。その童子の名が廉武だった。
「懐かしいな。廉武はどうしている?」
介象は、顔を綻ばせて巩岱に尋ねた。
「廉武さまは、祖父君と同じ陳国の卿に昇られました」
「あの泣き虫が、卿となったか――⁉ これは久方振りに愉快な話を聞いた」
声が大きくなった嬉しそうな介象に、巩岱は羨望の眼差しを向けた。
「今や廉武さまの手腕により、陳国は安泰。囲っている万の私兵も精強でございます。暫くの間、国難は皆無と見た廉武さまは、予てよりの恩を返すべく、拙者を遣わしたのでございます」
「巩岱と云うたな?」
いつまでも懐古に浸る介象の肩で、元緒が尋ねた。
「はっ」
畏まった巩岱に、元緒は続けた。
「お主の素性を申してみよ」
「淳于甫という者を師と仰ぎ、祖父君に代わって廉武さまの側に仕えておりました細作でございます」
「生憎、お主を雇う銭は持ち合わせておらんのだがのう……」
巩岱は、顔を上げると冴えた瞳で元緒を見遣った。




