邪気と視線
登場人物
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
巩岱…………襦褲を纏った男。
山を下るにつれ、邪な気が大気に満ちていくようだった。
「やはり、立て続けに起きた地震は、只事ではなかったか」
介象の肩で、霊亀の姿の元緒が呟いた。
介象は、依然として、背を何者かに見られているような気がしていた。しかし、視線の気配は、辺りの邪気とは異質だった。
「新手の妖し……敵? それとも……?」
元緒の言を聞くともなしに、介象は独語した。
「後方から感じる視線のことか? 付け狙われているというよりも、見張られていると云った方が良いのう。こちらに悟られるのも構わんようじゃ」
流石の元緒も、後ろからの視線を感じていたようだった。
「もう暫く様子を見るとしよう」
腰に佩びた三振りの剣の柄が、歩く度に触れ合いカチリと音を立てている。
介象は、後方から感じる視線の主の出現を今か今かと待ち侘びつつ下山していた。
「ほう。ここまで揃うと精強に見えるものよのう」
肩の元緒が、感嘆の声を上げていた。
整然としている。麓まで近付くと、見えてきたのは軍勢だった。黒い戦袍に黒い具足を身に付けている。どこの軍かわからなかったが、全身黒尽くめの一群だった。
それは、五千ほどの軍勢に見えた。ひとりひとりが均等に距離を取り、得物を手にした兵たちが、大きな掛け声と共に息の合った動きで調練している。
「国が抱える兵ではないように見えるが……」
「これが私兵であれば、所有者はよほどの資産家に違いない」
元緒の話を遮るようにして、介象が澄んだ眼差しで軍勢を見遣った。
その黒い一群を横目に、更に下って往くと、前方に傅いている者の姿が見えた。どこにでもいるような村夫子風情の男に見えた。近付くにつれ、薄汚れた襦褲を纏っているのがわかった。
介象は、何食わぬ顔で、そのみすぼらしい男の前を通り過ぎようとした、その刹那だった。
「巩岱と申します。以後、お見知りおきを」
介象の足が止まった。
「どういう了見だ?」
介象は、襦褲を纏ったその男を見向きもせず問い質した。




