巨人の妖し
登場人物
昭公…………魯国の第二十五代君主。三公により魯国を追放される。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
王子喬…………冥界より派遣された方士。
蚩尤…………邪神。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
裴巽…………魯国の若き将校。妖しの飛廉を僕に持つ。
蒼頡…………妖し。剣の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
赫胥…………妖し。短槍の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
讙…………狸に似た隻眼の妖し。
鐸飛…………怪鳥の妖し。人面で一足。
飛廉…………風を自在に操る妖し。
夸父…………巨人の妖し。性質は狂暴。隻眼で緑の皮膚。
「一番乗りは蒼頡か。塵には眼もくれず向かって来たのだがな」
小脇に短槍を挟み、腕を組んでいる。槍の穂は、燃えるように赫い色をしていた。玉座の間の中ほど、その壁際に背を憑せ掛け、蒼頡に挑むような視線を投げている。頭は剃髪で、顔も含めた全身に悍ましい色と模様の黥が入っていた。隆々とした筋骨を惜し気もなく晒すように、肩と腰回りにだけ紅く染められた蓑を纏っている。
「残念だったな」
蒼頡は、切れ長の眼を更に細め微笑を返した。
「久しいな、赫胥」
蚩尤は、壁に憑れた全身刺青の赫胥に声を放った。
赫胥は、蚩尤に顔を向けて頷首を返した。
「――――⁉」
新たな異質の者の出現に、その場にいた者はどれも凍てつき、声を失った。
そんな宮中に仕える者のことなど意にも介さず、蒼頡は提案した。
「蚩尤さま、夸父を召喚してはどうでしょう?」
「夸父とは、また懐かしいな」
「はい。封印されている間に、どうやら随分と人が増えたようでございます。夸父であれば、我らも労さずして糧を増やすことができましょう」
得意げに云った蒼頡に、赫胥は小さく舌打ちしてそっぽを向いた。
「いいだろう。五十もあれば、事足りよう」
不気味に笑った蚩尤は、眼前に三つの合掌を作ると、瞑目して何やら呟いた。
途端に――。
皮膚は深い緑色だった。隆々とした筋骨だったが、少々腰が曲がっている。どれも黒い蓬髪で大きな隻眼を備え、袈裟懸けに獣の毛皮を纏っていた。五十体ほどだった。ぼうっと、城郭の至るところに現れたのは、身の丈十六尺(約四・八m)もの巨人の妖し、夸父だった。
大きな手には、荒々しい凹凸のある棍棒が握られている。野太い雄叫びを上げると、夸父たちは棍棒を振り回し、次々と民を襲い始めたのである。




