二つの褒美
登場人物
昭公…………魯国の第二十五代君主。三公により魯国を追放される。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
王子喬…………冥界より派遣された方士。
蚩尤…………邪神。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
裴巽…………魯国の若き将校。
讙…………狸に似た隻眼の妖し。
鐸飛…………怪鳥の妖し。人面で一足。
飛廉…………風を自在に操る妖し。
「ほう」
感心の声を上げたのは蚩尤だった。
裴巽は、眼に見えないほどの迅さで迫り来る飛廉の息弾を戟で斬った。
見えないが、感じることはできた。これまでに経験したことがないほどの、肌がひりつくような感覚だった。集中が途切れた時が死ぬ時だと思えた。だが、躰が死を拒むように、眠った別の力を少しずつ眼覚めさせているような感覚でもあった。
飛廉に一閃を加えようと、猛然と突っ込む裴巽に飛んできたのは、無数の舞爪だった。
続けざま、飛廉は左肩に担いだ白い布袋の口を緩めた。
怯むな。押せ――。
腹を括った裴巽は、戟で舞爪を斬り払うと同時に、佩剣を抜き放って飛廉に勢い良く投じた。
その剣は、勢いこそ突風に削がれたが、切っ先は飛廉の相貌に向かって走った。
刹那、飛廉は右の拳で剣を払った。
僅かだが、突風の勢いが裴巽から逸れた。
裴巽はその隙を突いた。勢いを以って床に身を滑らせ、飛廉の右足に一閃を放った。
「ガアア――‼」
呶号を上げて反応した飛廉が、裴巽の無防備な腹に拳を打ち下ろした。
「裴巽――‼」
響いたのは、陽虎の悲痛な叫びだった。
裴巽の躰は、くの字に折れ曲がり、その衝撃は床が窪むほどだった。
俺の僕となりやがれ、怪物が――。
裴巽は、口から鮮血を吹き出しながらも念じていた。飛廉の右足、その脛に斬り傷を与えている。
ふうっと、飛廉の姿が消えていた。
「見事だ」
頬杖を突いたままの蚩尤が不敵に笑った。
僅かに動いてはいる。死んではいないようだったが、裴巽は虫の息だった。
「裴巽と云うのか? 儂の命に従い飛廉を僕とした。貴様には褒美を二つやる。以後、人の兵を束ねる将軍は貴様だ。それと、貴様の一族には手出しせぬことにしてやろう」




