剣客と刺青
登場人物
昭公…………魯国の第二十五代君主。三公により魯国を追放される。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
王子喬…………冥界より派遣された方士。
蚩尤…………邪神。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
裴巽…………魯国の若き将校。
讙…………狸に似た隻眼の妖し。
鐸飛…………怪鳥の妖し。人面で一足。
飛廉…………風を自在に操る妖し。
「民草など捨ておけ。我らが命の方が大事」
「左様。あの玉座に在る暴君のような化け物を怒らせてはならぬ」
「民など幾ら殺されようがまた増える。それも我らが生き永らえてこそ」
「――――⁉」
陽虎は三公の返答に絶句すると、静かに嘆息した。
この期に及んでもいつものやり口だった。民草のためと称した保身だった。それでも、君主不在の魯国は機能したが、陽虎は蟠りを抱きながらも三公に従順だった。
その頃、城郭の北側では――。
至るところで建物が倒壊していた。
だが、民は崩れた建物の下敷きになった者を援け出す暇もなく、突如として現れた未知の脅威から逃げ惑っていた。
長い白髪を赤い巾で結っている。纏った長袍は深紅で、腰に巻いた獅子模様の玉帯に長刀を佩びていた。眼光は冷ややかだった。奇妙なことに、柳眉の下には左右二つずつ切れ長の眼を備えていた。そして、ゆっくりと歩いている。
「な、何を――」
老若男女の見境はない。擦れ違うだけで民の首が刎ね飛び、血潮の雨が降っているようだった。神速の妙技で鞘から抜き放つ長刀は、冴えた蒼い色をしていた。
異形の剣客が進む先は、宮廷のようだった。
一方――。
「ヒイイ!」
城郭の南側にいた民草は、化け物でも見たかのように驚愕の声を上げると、地震で辺りが一変したのも忘れ、這うようにその者から遠ざかった。
奇妙にも柄の短い槍の穂は、燃えるように赫い色をしていた。その短槍を肩に宛がうように持っている。
頭は剃髪だったが、顔も含めた全身に悍ましい色と模様の黥が入っていた。隆々とした筋骨を惜し気もなく晒すように、肩と腰回りに紅く染められた蓑を纏っている。民草には見向きもしない。
刺青の丈夫は、宮廷に向かっているようだった。




