不屈の将校
登場人物
昭公…………魯国の第二十五代君主。三公により魯国を追放される。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
王子喬…………冥界より派遣された方士。
蚩尤…………邪神。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
裴巽…………魯国の若き将校。
讙…………狸に似た隻眼の妖し。
鐸飛…………怪鳥の妖し。人面で一足。
飛廉…………風を自在に操る妖し。
裴巽の戟の刃が飛廉に届く、その間際だった。
飛廉は、左手で担ぎ持っている白い布袋の口を眼前の裴巽に向けて緩めた。
「――――⁉」
裴巽の躰が、何かに弾き返されたように後方へ吹き飛んだ。その身は、陽虎の足許まで転がっていた。
飛廉が抱えた白い布袋から飛び出したのは、一陣の突風だった。
「良い余興だ。飛廉を斬ることができたならば、褒美を取らせる」
蚩尤は、吹き飛ばされた裴巽に激励の声を浴びせた。
「ひとつでも飛廉に傷を与えろ。同時に己の僕となるよう念じてみるがいい。そうすれば、飛廉は消え、貴様の僕となる」
「…………」
裴巽の身を案じた陽虎が駈け寄った。その身を起こそうと、陽虎は裴巽の肩に手を掛けた。
「だ、大丈夫か、裴巽……?」
裴巽は、片膝を突いて身を起こした。炎が灯ったような双眼は、飛廉に据えられている。
「陽虎……人の身を案じていないで、さっさと三公さまをお連れし、ここから逃げろ」
「あれは……一体、何なのだ?」
「……知るか」
裴巽の口辺から血が垂れている。口の中を切ったようだった。その血をぞんざいに拭うと、再び勢いよく飛廉に突進した。今度は息弾に狙われぬよう蛇行して馳せた。
飛廉が繰り出す舞爪が、兵たちを斬り刻んでいる。
阿鼻叫喚が響き渡る玉座の間で、肩肘を突いた蚩尤は、三公に聞こえるように声を張り上げた。
「国の重臣ともあろう者が、余興に甘んじ、民を蔑ろにしておって良いのか? 城郭には、既に我が配下が民草を狩っておるぞ」
「――――⁉」
蚩尤の声に、三公と陽虎は眼を剥いた。
「どうなさいますか……?」
顔色を変え、眼を泳がせた陽虎は、季平、叔孫豹、孟献の誰人へともなく尋ねた。




