因縁の対手
登場人物
娄乾…………剣の手練者。妖しの虎憑耳を僕に持つ。曳影の剣を佩びている。萬軍八極のひとり。
老母…………娄乾の母。右腕に消えかけた八芒星の痣が浮く。
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
藺離…………槍の手練者。妖しの火鼠を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
欧陽坎…………矛の手練者。妖しの短狐を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
蒼頡…………妖し。剣の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
「此処は、御任せを」
娄乾は、剣を抜き放って歩み出た。奇妙にも黒い剣身だった。臆することなく、蒼頡に向かっている。
「虎憑耳」
娄乾が呼ばわると、その肩越しには、不気味にも瞳が翡翠色に輝く、黒い虎のような頭が宙に出現した。左右の耳がそれぞれ三つあった。妖しの虎憑耳だった。
「――――⁉」
顔色を変えたのは、蒼頡だった。
それを見て取った娄乾は、閃光の如く蒼頡に身を寄せると、矢継ぎ早に剣撃を浴びせた。
ギン、キン、ギン――。
しかし、蒼頡は一歩たりとも後退することなく、娄乾の斬撃を長刀で凌いでいる。
残響だけがあった。互いに繰り出す神速の妙技は、動いていないようにさえ見える。
「お、おお……」
「ほう」
眼を見張った藺離と欧陽坎が感嘆の声を上げると、介象は不敵に笑った。
刹那――。
蒼頡と娄乾は、互いに弾き合ったように数歩後退した。
「曳影の剣に虎憑耳とは……。娄基の子孫だな?」
眼前に剣を構えた蒼頡が、四つ眼を細めて娄乾に鋭い視線を投げた。
「その出で立ち、蒼頡だな? これは好都合。貴様を斃せば、我が始祖、娄基を超えられたことを証明できる。介象さまに、貴様の刃が届くことはない」
娄乾の八字髭が不気味に歪んだ。
「いけ好かない女だった。数多の時を経て、再び曳影の剣とその妙技に相見えようとは。斬撃は強さを増している。だが、一閃の迅さは劣った」
蒼頡は、肩の力を抜くと、長刀を鞘へ収めた。
同時に、はらりと地に落ちたのは、娄乾が纏った道袍の裾の切れ端だった。蒼頡に斬られていた。
「――――⁉」
眼を剥き、絶句したのは娄乾だった。




