万端の母子
登場人物
娄乾…………剣の手練者。妖しの虎憑耳を僕に持つ。曳影の剣を佩びている。萬軍八極のひとり。
老母…………娄乾の母。右腕に消えかけた八芒星の痣が浮く。
「…………」
娄乾は微笑を湛えたまま、曳影の剣を鞘へ収めた。
「知ってのとおり、介象さまの八徒弟のうち、その伝承が確認されているのは、我が娄家を含める五家。残りの三家は、その家系が続いているのかさえ確認できておりませぬ」
開けた袍を着直すと、娄乾は一息吐くように老母の隣へ腰を下ろした。
「確か、介象さまは、再び萬軍八極が集った時、何らかの術が作動するよう仕掛けておるのでしたな」
老母は、静かに頷首した。
娄乾は、思いを馳せるように虚空を見上げた。
「我ら娄家は、長い年月を掛け、やれることをやってきました。それに、智謀を備えるのも娄家の慣わし。八人が集わずとも、勝算がない訳ではありませぬ」
娄乾は、老母に顔を向けると続けた。冴えた眼差しだった。
「御安心召され、母上。きっと、介象さまが再び蚩尤を封印してくれましょう。私はそれを全力で支援するのみ」
娄乾は、徐に腰を上げると声を張った。
「さあ、そろそろ介象さまを迎える準備を致しましょう」
振り返った娄乾は、老母に破顔を向けた。
老母もそれに微笑み返すと、静かに頷いた。
魁偉の風貌の一行だった。
従者のひとりは、臍まで達するほどの長髯だった。白頭巾を被り、道袍を纏い、その上から胸背を保護する胴巻きを備えている。刃を穂鞘に包んだ柄が朱色の長柄を肩に掛け、葦毛の駒を曳いていた。
もうひとりの従者は、黒幘を被り、虎のような髭を蓄えていた。胸板は厚く、黒の襦に白の褲を纏い、胸背を保護するような胴巻きを備え、奇妙なことに、腰には大小幾つもの瓢箪をぶら下げている。柄は紺色だった。先端を穂鞘に包んだ矛を掲げていた。
そして、葦毛の駒にその身を預けた者は、漆黒の襤褸を纏っている。壮室の頃も半ばを過ぎているだろうか。無造作な黒髪は肩まで伸び、眉は昂がり、鼻梁高く、首は太い。眼を開けば爛と輝く精悍な偉丈夫は、腰に三振りの剣を佩びていた。




