呵責の叩頭
登場人物
丘坤…………美質な弓の名手。妖しの狻猊を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
介象…………方士。干将、莫邪、眉間尺の三剣を佩びる。
元緒…………方士。介象の師であり、初代の介象。
藺離…………槍の手練者。妖しの火鼠を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
欧陽坎…………矛の手練者。妖しの短狐を僕に持つ。萬軍八極のひとり。
巩岱…………細作。介象に仕える。
娄乾…………萬軍八極のひとりと思しき富豪。
韋震…………賊徒のような身形の若者。
尊盧…………妖し。黄色い瞳の武者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
蚩尤…………邪神。
季平…………魯国の司徒。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
叔孫豹…………魯国の司馬。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
孟献…………魯国の司空。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。
陽虎…………三公に仕える魯国の若き重臣。
蒼頡…………妖し。剣の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
風沙…………妖し。美貌の持ち主。蚩尤に仕える九黎のひとり。
太皞…………妖し。老婆の姿。蚩尤に仕える九黎のひとり。
赫胥…………妖し。短槍の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。
裴巽…………蚩尤に従う魯国の将軍。妖しの飛廉を僕に持つ。
夸父…………巨人の妖し。性質は狂暴。隻眼で緑の皮膚。
欲しい物は自分で奪え――。
尊盧に逆らっていれば、あの場で殺されていただろう。
しかし、である。
命は惜しかったが、女を攫ってまで、みすぼらしい兵の身分が欲しかったのか。己を欺いているのではないか。やっていることは、いつぞやの高官と同じではないのか――。
韋震は自問すると、いたたまれなくなって裴巽に尋ねた。
「あの……裴巽さん……」
「何だ?」
「俺は、女を攫った対価として兵にして貰ったんだが……如何にもその女が気になって仕方ねえ。右腕に八角の痣がある女だ……」
突如、韋震は裴巽の足許に平伏すると叩頭した。
「頼む! 今、何処に居るかだけでも教えて貰えねえか……」
「…………」
裴巽は、土下座した韋震を蔑んだ眼で見下ろした。
「……俺にも妹がいる。お前の気持ちがわからんでもない」
そう云うと、裴巽は一度、嘆息した。
「軒轅という僧侶のような身形の老爺に囲われているだろう」
はっと顔を上げた韋震に、裴巽は背を向けて続けた。
「この宮廷の何処かにいる。それしか教えられん。俺の身が危うくなるからな」
「恩に着る、裴巽さん!」
裴巽が振り返ると、もうそこに韋震の姿は無かった。
「久し振りに生きた眼を見た。教えたくもなる。だが、生きて帰れるかわからぬぞ、韋震」
裴巽は、踵を返した。
「鍛え抜けば、良い兵になったであろうに。また傀儡どもを相手に調練の日々か……」
裴巽は、得物の戟を肩に掛けると、溜息を洩らして独り言ちた。
尊盧ほどの異能の主が、連れ去るよう命じた女だった。故に、右腕に痣のある女は、特別な存在のはずだった。韋震は、特別な者を幽閉するのであれば、決まって部屋の前に兵を置いていると踏んだ。
夸父に見付からぬよう、姿を隠しながら宮廷内を駈け回った韋震は、探知した。
若い男女が部屋の前で退屈そうにしている。銀色に輝く軽鎧を纏った男は、剣を佩いていた。距離を置いて部屋の扉の前に立つ女は、艶やかな紅い着物を纏っている。
二人とも二十歳に満たないように見えたが、奇妙なことに、額にはもうひとつの眼を備えた三つ眼だった。尊盧のような異能を持っているに違いなかった。
韋震は、柱の陰に隠れて二人の動向に注視したが、一向にその部屋の前から離れる様子がない。
女の身に何かあっては、寝覚めが悪い。韋震は、真っ向から飛び込む臍を固めると、短剣の柄を握った、その刹那だった。
「まあ、そう急くでない」
「――――⁉」
後ろからの小声に悸っとした韋震は、眼を剥いて振り返った。
蓑笠の下で微笑を浮かべた老夫は、漆黒の襤褸を纏っていた。身の丈は五尺(約百五十㎝)にも満たず、額は異常に突出し、鼻はひしゃげ、反歯だった。どういう訳か右脚が木脚で、藜の杖を突いている。
元緒だった。




