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報仇の剣 -萬軍八極編-  作者: 熊谷 柿
第6章 信星
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世相の虚無

登場人物

丘坤きゅうこん…………美質な弓の名手。あやかしの狻猊さんげいしもべに持つ。萬軍八極ばんぐんはっきょくのひとり。

介象かいしょう…………方士。干将かんしょう莫邪ばくや眉間尺みけんしゃくの三剣をびる。

元緒げんしょ…………方士。介象の師であり、初代の介象。

藺離りんり…………槍の手練者てだれ。妖しの火鼠かそを僕に持つ。萬軍八極のひとり。

欧陽坎おうようかん…………矛の手練者。妖しの短狐たんこを僕に持つ。萬軍八極のひとり。

巩岱きょうたい…………細作しのびのもの。介象に仕える。

娄乾ろうかん…………萬軍八極のひとりとおぼしき富豪。


韋震いしん…………賊徒のような身形みなりの若者。

尊盧そんろ…………あやかし。黄色い瞳の武者。蚩尤しゆうに仕える九黎きゅうれいのひとり。

蚩尤しゆう…………邪神。

季平きへい…………国の司徒しと。三公のひとり。三桓氏さんかんしと呼ばれる。

叔孫豹じょそんひょう…………魯国の司馬しば。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。

孟献もうけん…………魯国の司空しくう。三公のひとり。三桓氏と呼ばれる。

陽虎ようこ…………三公に仕える魯国の若き重臣。

蒼頡そうけつ…………妖し。剣の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。

風沙ふうさ…………妖し。美貌の持ち主。蚩尤に仕える九黎のひとり。

太皞たいこう…………妖し。老婆の姿。蚩尤に仕える九黎のひとり。

赫胥かくしょ…………妖し。短槍の手練者。蚩尤に仕える九黎のひとり。

裴巽はいそん…………蚩尤に従う魯国の将軍。妖しの飛廉ひれんを僕に持つ。


夸父こほ…………巨人の妖し。性質たちは狂暴。隻眼せきがんで緑の皮膚。

 欲しい物は自分で奪え――。

 手籠てごめにできなければ、その命を奪う。国の要職に就く者も、やっていることは賊徒と同じだった。

 韋震いしんは、抜け出せないような世相に虚無を抱くと、肩を落としてきびすを返した。

「居たぞ!」

 韋震が捕吏ほりに追われ始めたのは、それから間も無くしてからだった。

 身に覚えがない訳ではない。しかし、捕まる訳にもいかなかった。城郭まちの中で捕吏たちをけむに巻くのは造作もないことだったが、次第に民草からの視線が変わってきた。

 韋震の姿を認めると、悲鳴を上げて身を隠す。隠れたところから韋震に向けられた視線は、罪人でも見るようなそれだった。

 無理もない。城郭の至るところには、韋震の人相と罪状が書かれた札が立てられていたのである。

「あ、彼奴あいつだ! 旅籠はたご若女将わかおかみを殺したのは、彼奴だ!」

「――――⁉」

 韋震には、いわれのないとがが掛けられていた。

 云わずもがな、若女将をあやめたのは、恰幅かっぷくの良い太い白眉の高官だったが、賊徒風情の韋震に罪を擦り付けようとしているのは明白だった。

 しかし、韋震をかばい、真実を口にしようとする者は誰人だれもいなかった。明日は我が身である。三桓氏さんかんしに逆らうようでは、この国で生きていくことはできない。立札に描かれた者が犯人になるのだった。

 白い雲と青い空が広がっていた。

 韋震は、天に向かって唾棄だきすると、曲阜きょくふから逃れた。欲しい物は奪って腹を満たし、もしくは銭に変えた。世が腐っているのか、己が腐っているのか、韋震は途方に暮れた。

 そのような折に遭遇したのが、介象かいしょうの一行だった。


 さらった女のことが気になっていた。何度も八芒星はちぼうせいの黒いあざが脳裏によぎった。

 韋震は、上官の裴巽はいそんに宮廷内の要所を案内されていた。迂闊うかつに入ってはいけない部屋が幾つもあるとのことだった。

 時折、濃緑の肌をした隻眼せきがんの巨人と鉢合わせたが、どれも裴巽に道を譲っていた。

「――――⁉」

 韋震は、その光景に言葉を失った。

 だだっ広い部屋に床几しょうぎが幾つも置かれている。それに縛り付けられた若い男たちが、絶叫を上げていた。もんどり打とうにも、縛り付けられたからだは自由を奪われている。その絶叫が止むと、男たちうつろな眼付きで静かになった。

「驚いただろう。操人蟲そうじんちゅうという妖蟲ようちゅうを耳から入れ、忠実な兵を養成している。まだ若いというのに、憐れなことだ」

 裴巽は、肩を落として嘆いた。

 またしても脳裏に過ったのは、女の右手首にあった痣だった。

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