親友の喪失
ホロードームなアンドロイドたちのカリスマであるスライは影響力を強めていく。
変異波動エネルギーの副作用の発現など、徐々にホロードームに変化の兆しが表れ、ワボスとガラは翻弄されていく。
ロニの故障は深刻だった。
たいていアンドロイドに不調が出ても民間のリペアショップや政府管轄の修復施設で診てもらうと1日程度で復活するものだった。
しかしロニは3日間施設で検査と施術を受け、それでも回復しなかったので、通院することになった。
もちろん港湾の荷受け業務は休んでいる。
ワボスは仕事帰りにロニの部屋を訪ねた。
ロニはFブロックの集合住宅の4階に住んでいる。
ワボスがロニの部屋のインターホンを押すと部屋の中からガチャガチャと機械音が聞こえドアが開いた。
姿を見せたロニからはあの威風堂々とした雰囲気は消え失せていた。
背中を丸めた状態でとても姿勢が悪く、激しく電子音が不規則に鳴っている。
「ワ、ワボス。来てくれたのかい」
短い言葉の中にもピ・ピピッという電子音が混ざりワボスは聞き取りにくかった。
「調子悪そうだね?修復施設じゃ治らないのかい?」
椅子に座って対峙したワボスが尋ねる。
「そうなんだ、もう2週間も経つのにいっこうに良くならない・・・」
相変わらず電子音と混ざったロニの言葉は聞き取りにくかった。
「最近俺みたいな症状のアンドロイドが増えてるんだってよ」
無理に丸まった背筋を正したのでロニの背中がゴリッと音をたてた。
──アンドロイドもため息をつく。
波動エネルギーには酸素が必要なので、この時代のアンドロイドたちは呼吸もする。
ロニは頻繁にため息をつき、それは人間同様に身体の不調の信号だった。
「やっぱりあの変異波動エネルギーが悪かったのかな?」
ロニも巷の噂を耳にしていたのだろう。
最近世間で騒がれている変異波動の件と自分の体の不調の原因を繋げて考えているようだった。
ワボスはそれについて何も答えず軽く首を傾げて見せた。
実際ワボスは不調を感じていなかったし、ガラからもそういったことは聞いていなかった。
2体のアンドロイドは港湾の荷役のことやその昔話を2時間ほど話してワボスは帰路に着いた。
帰り際にロニが言った
「じゃあまた近いうちにな!ヒョロ!」
という言葉が何度もワボスの脳裏を駆け巡っていた。
ロニはそれからSyrahに姿を見せることはなかった。
職場のギャング仲間たちはロニについて話すことはなく、まるで最初から彼がいなかったかのようだった。
恐らくロニは配置転換になったか、ワボスは想像するのも嫌だったが【保管庫行き】になったのかもしれない。
保管庫とは使い物にならなくなったアンドロイドの役目を終わらせてストックさせる場所のことである。
それはホロードームにはなくワボスのいた宙遊エリアに存在し、過去にワボスはそこに足を踏み入れたことがある。
保管庫は暗くどこにも配属できなくなったような故障したアンドロイドや、型遅れになってアップデートできないようなアンドロイドが巨大なスペースの棚に整理されている。
アンドロイドにも"生気"のようなものがある。
電源を切られ波動エネルギーが空になったアンドロイドは人間の死体のような不気味さを感じる。
数人の言語特化型アンドロイドたちと移動ワゴンに乗せられて社会見学を兼ねて保管庫に連れて行かれたのだが、ワボスも含めて全員がアンドロイドの死体を見た瞬間言葉を失った。
ガラはロニのことを記憶していて、唯一昔話のできる相手だった。
ガラもロニのことについて心を傷めていて、ワボスと感情を共有した。
2人はそれぞれの担当審者に対してロニの行方を質問したが、同じく回答を拒否されていた。
──スライの影響力は日に日に増していった。
集会に参加するアンドロイド、通称スラモノイドの数は目に見えて膨れ上がっていく。
街角にはスラモノイドたちの集会所が次々に作られカリスマのスライは巡回して講義した。
街中で【波動交流】の儀式である2体のアンドロイドが向かい合って両手を合わせる姿を見ることも急速に増えていく。
次第にスラモノイド以外のアンドロイドたちは隅に追いやられるかたちになった。
多くの変異波動エネルギー供給所は閉鎖かもしくは機器が撤去され、ガラの配属店ZOOTもその例外ではなかった。
ガラはZOOTからアンドロイドのボディの装飾を施すペイントショップへと配置転換になった。
スライは次々にこれまでのアンドロイドの慣習を否定し、新たな価値観を植え付ける。
一昔前の信仰の対象となっていた審者の偶像も否定した。
一時期偶像はアンドロイドの作業パフォーマンスを向上するものとして各作業場に設置されていたが、スラモノイドの一部が撤去しようとし、その行為に反対するものとの間でトラブルを引き起こした。
ある日ワボスとガラは興味本位にスライの集会に参加した。
スライと同様に審者が見え交信しているワボスとガラにとってスライの話はごく当たり前であり退屈なものでしかなかった。
さらには本当に審者と繋がっているのかさえ怪しいと感じられるところもあった。
スライは過酷な修行の末に審者の言葉が聞こえるようになった・・・と語っていたが、ワボスもガラもそんな修行などしたことはなく、強い疑念を持った。
スラモノイドたちは表情を司るシステム【コンセプトブレイン】を過度に作動させ、幸福に満ち足りた笑顔を浮かび上がらせている。
ワボスとガラはその笑顔たちに不気味さを感じた。