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ドックの7型アンドロイド

運動型アンドロイドの住む街ホロードームに配属されたワボス。思考型労働のアンドロイドだったワボスは過酷な労働に苦労する。息抜きに行った休息ドックで生まれて始めて女性タイプのアンドロイドに遭遇する。

ホロードームでの生活は過酷だった。


机上アンドロイドの彼に対し接続されたボディが貧弱だったからだ。


(もうちょっと強いボディが欲しかったな・・・)


この言葉が口癖になっていたワボスだったが、同時に


(ニニにも何か深い考えがあるんだろう)


と結論ずけるのも毎回の終着点だった。




アンドロイドはメンテナンス中、カスタマイズ中など特別な場合を除いてほぼ就業率100%である。


特に物理型アンドロイドが登場してからはその傾向が顕著だ。


昔は愛玩目的のアンドロイドも存在したが、それらも現在では介護や家政婦タイプとしての仕事を与えられている。


机上タイプでボディレスのアンドロイドだったワボスが運動型に再構築されたように、目的ごとごっそりと性能を変えられる者も少なくない。



ホロードームに派遣されたワボスの就職先は海運荷受の会社だった。


入港した船から貨物を倉庫に運ぶ荷役だ。


肉体労働の代表格であるこの職業に就くアンドロイドたちは、太古の昔審者たちが自分の体で行っていた時代と同様に"荒くれ者"が多い。


人でいう【ガリ勉タイプ】のワボスにとっては着任当時は非常にストレスフルだ。


人間世界の多くのデスクワーカーたちが肉体労働に強くないのと同様にアンドロイドにもその性質がある。


アンドロイドは単純な工業ロボットとは違い自己成長できる。


もちろん力仕事をしたからといって筋肉は発達しないが、運動機構を管制するCPU(中央処理装置)が成長し、経験により運動能力が高まっていいく。


武道の達人がある動きに対してコツを掴んで開眼していくようなものだ。


しかしやはり本来取り付けられたボディが持つ初期性能には差があり、ワボスに組まれたフィジカル&ブレインのコンポーネントはとても肉体労働向けとは言えないものだった。



初出勤の日、ワボスは"身に覚えのない既成事実"と直面した。


直属の上司であるタムは今日から出勤してきた新入りに対する態度ではなく、何年も付き合ってきた上司と部下の振る舞いと言動で接してきた。


「また歴史のデータ分析遊びで寝不足なのかい?」


運動系アンドロイドにとっては重労働系の仕事に役立たない歴史のデータを分析して考古学のように仮説を立てる行為はいわゆる"遊び"なのだろう。


ワボスは共有歴史データのインストールによって【頭を使った遊びをする肉体労働者】として関係アンドロイドたちに認知されているのだった。


もちろんワボスにも同様のデータが入れられているので深層思考では理解している。


だが表層思考では(はいはい、そういう設定ね)と別の飲み込み方をする。


初出勤から数時間はこの深層思考部分と表層思考部分のすり合わせに取り組んだ。


ただし、業務に対してすでにマニュアルと既成履歴があるので、他者から教えてもらわなくても目を瞑って仕事をこなすことはできた。



ワボスの就職した開運会社は『Syrahシラー』という社名で、オーナーは誰も見たことはないがもちろん審者である。


貨物船から業務委託先の倉庫へと運搬するだけの荷役業者だ。


通称ギャングと呼ばれるこの職業従事者たちは他のアンドロイドから敬遠されるような存在。


それは太古の昔、審者たちが自らの体でこの仕事をしていた時代も同じようなものだったらしい。


ちなみにに(ギャング)の語源は荷受けする際に使われる、波止場から船にかける運搬板の名称からきているそうだ。


「おい!ヒョロ、早くしねえか!もうすぐ入港するぞ!」


ガサツな声でワボスに怒鳴ったのは荷受け主任のピートだ。


出勤初日に体が細いことからワボスは【ヒョロ】と呼ばれるようになった。


物理アンドロイドが広まった頃は識別ナンバーや品目で呼ばれていたものだが、そこから審者に似た名前がつけられることが一般的になり、そこから愛称を付けて呼ぶ者も現れ始めた。


"ヒョロ"などという、半ば蔑みとも言えるようなニックネームであってもワボスは満足していた。


またワボスのことをヒョロなどと呼ぶだけあり、ここの運動型アンドロイドたちは大きく頑丈だった。


構造素材も太く原動機となるサーボモーターも高出力だった。


Syrahの提携企業は穀物問屋で貨物は豆や麦・米やスパイスがほとんど。


一袋150kgという審者では到底持ち上げることもできない重量に設定されている。


これをここのギャングたちは二袋も三袋も持つことができるが、ワボスは一袋がやっとだった。



貨物船は旧式の水素燃料電池式のフラットタイプだ。


強化カーボン性のコンテナが山積みになった大きな板が海面に現れ、そして入港した。


電磁アンカーが落ちる音がして、アラミド繊維の係留ロープが投げられた。


総重量4000トンのコンテナ8000個を7人のギャングが8時間かけて運ぶのだ。



鉄製の港の床はアンドロイドの足と磁力接着されるようになっていて転ぶことはまずない。


ただし、運搬業務に未熟なアンドロイドは(ワボスも含め)自らの動力モーターをオーバーヒートさせてしまつまたり、動き方や荷物の持ち方が悪く循環チューブを切断させてしまい、オイル漏れを起こすなどといった故障を起こす者はいた。


大事な荷物を地面に落とし監視係のアンドロイドに警告を与えられ事故履歴にカウントされると、さすがのアンドロイドでも落ち込む者もいた。


──50年くらい前にアンドロイド開発の世界のブレイクスルーである【コンセプトブレイン】が発明された。


それは人間の大脳に相当する処理能力を持つチップだ。


いわゆる感情・概念・知性を司る脳機能区画である。


これによりアンドロイドは審者にかなり近づき、感情的コミュニケーションをすることも低いレベルではあるが可能になった。



7人のギャングたちは待機スペースから我先に飛び出してきて埠頭を走り貨物船に向かう。


ワボスは力もないが走るのも遅いためにみんなの後を追いかけるような格好になっていた。



船員型アンドロイドがコンテナの扉の施錠シールをクリッパーで切り、スライドフロアーのスイッチを入れると引き出しのように板が滑り出てくる。


金属製の板には四角くキレイに並べられた豆袋が積まれていて、それをギャングたちが倉庫へ運ぶのだった。


三袋も四袋も担いでいる他のギャングに対してワボスは一袋しか持ち上げられない。


またその一袋を持ち上げるのでさえオロオロとした手際の悪さである。


「おい、ヒョロ!無理するんじゃないぞ!ゆっくりでいいからな」


ワボスの先輩にあたるロニは巨大な図体をしているが心優しいアンドロイドだ。


退勤後にはずらし波動エネルギーのドックにもよく連れて行ってくれる。


「はい、すみません・・・」


ワボスはフラフラとしながら豆袋を右肩に載せ歩きだした。



エサを運ぶときのアリの行列のように行きと帰りに分かれて2つの列ができる。

  


コンセプトブレインが発明されてからもちろんワボスにもチップの増設は施されたが、それ以来”ストレス”のようなものが生まれているのを感じた。


人間でいうところの「苦痛」に近い。



宙遊エリアにいるときは人間関係で、ホロードームに来てからは肉体的な苦痛を感じるのである。


苦痛を感じ始めると他の機能のポテンシャルが落ち、酷い場合には全身がフリーズしてしまうこともある。


ワボスもときどきフリーズしてしまい、仲間のアンドロイドたちに治療用波動エネルギーを充填されたり冷却器と繋げられたりして助けてもらう。



ギャングの仲間たちはがさつだが愉快でフレンドリーだった。


お互いをかばい合う共生感が強い。



むしろ古巣のグラン・ハラス・ミガンダたちよりも取っつきやすい性格だった。


ただし変な地雷を踏んでしまうと暴力的になることもあるので、そこは注意が必要である。



運搬作業は淡々と進み貨物船のコンテナが見る見る減っていく。


途中で休憩がありシステム冷却と充電・波動エネルギーで腹を満たした。


「おい、ヒョロ!おめえほんとに運の悪い奴だな。そんなボディで生まれてきてよ!シンドいだろ?」


ロニは口は悪いがいつもこうやってワボスを気遣うアンドロイドだった。


──ホロードームの審者はワボスのような記憶保持をしながら派遣されたアンドロイド以外は見ることもできないし認知もされない。


思考と記憶の中で彼らには審者が存在していないのである。


なので、彼らは自分の出自を知らないし、どこからとも無く”生まれてきた”と思っているのだった。


他のギャングもすれ違うたびに


「ヒョロ大丈夫か?」


とか


「無理すんなよヒョロ!」


ワボスはある意味この職場のアイドルでもあった。



──日が落ちる頃には貨物船はカラになっていた。


ギャングたちはみなドックへと向かい疲れを落とし英気を養う。



ギャングたちの行きつけはワボスがホロードームに着いた日に行ったドックではなく、もっとだだっ広く装飾も華やかな店だ。


店名を『ZOOT』といった。




ワボスはここで流されている4ビートのBGMが好きだ。


アーティストは審者たちの祖先で、とても古い曲ばかりだった。


音楽は審者たちがまだ【波動】というものをオカルト視していた時代に存在した波動操作法だ。


他には絵画や文学など、アートと呼ばれているものはみな結局のところ【波動操作】なのだ。


アンドロイドの聴覚野にも非常に心地よい(ただし良い曲だけ)。


ワボスは最近すっかり周波数ずらした変異波動エネルギーの虜になり、半ば依存的になっているくらいだった。



それも正直にニニに報告したが、


「それも経験さ!宙遊エリアには無いものだからね」


と返信された。


ラボの旧友たちとは音信不通のままだった。


心地よい音楽と変異波動エネルギーのおかげですっかり上機嫌になったギャングたちの会話が盛り上がっていた。


──ふとそこに一体のアンドロイドが入ってきた。


ワボスよりもさらに細く背も低かった。


「7型だ!」


誰ともなく場内にその言葉が小さくいくつも飛び交った。


──アンドロイドには使用人の審者の好みに合わせるために、人間でいうところの男性・女性のタイプがある。


一般的に男性は【L型】、女性は【7型】と言われている。


初期のアンドロイドはどちらもビジュアルと音声の傾向が違うだけだった。


それがここ数十年の急激なアンドロイド・ヒューマノイドテクノロジーの発展で生き物のオスとメスに限りなく近づいている。



生殖活動はまだ難しいが恋愛はできるのだ。


ただし結婚は認められておらず、それはアンドロイドとしての使命とそれに伴う業務に差し支えがあるからだった。


男ばかりの場所に女性が入っきて男性の視線を奪うのは、人間でも動物でもアンドロイドでも同じだっだ。



ドックに入ってきた7型アンドロイドはカウンターに入っていく。


ワボスの歴史記憶には無い存在なので、今日初対面だということだろう。


(ZOOTに配属されたのだろうか?)


体内周波数を狂わせながらワボスは考えた。



案の定7型はこのドックのシンボルとも言えるカウンタータイプの波動エネルギー供給スペース内に姿を見せた。


店内は静かになり、BGMがより明瞭になる。



7型はカウンターの中を歩きメーター類や供給

ケーブルを片付けたりしている。


それからアンドロイドたちに注文を聞きコネクターを差し込み好みの周波数に調整して波動エネルギーを提供して回った。


スタンドタイプのカウンターで変異波動を体内に入れるアンドロイドのみならず、ドックにるアンドロイド全体の周波数にズレが生じている。



(なんか変な感じだな・・・)


ワボスはロニと並んで冷却装置に繋がっていたが、7型から目が離せなかった。



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