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第三十二章 主人公VSメイド

 第一回戦第十六試合。アラトVSメイド。


 闘技場は、第一試合と同じBタイプ。


 円柱形の閉鎖空間、直径500m、高さ10m。


 アラトはすでに闘技場へとつながる『迫り』の昇降台に立っている。


 アラトの胸の内で、中途半端な覚悟と緊張感、対戦相手のメイドに対する楽観視と猜疑心さいぎしん、加えて出撃前のギリコによる新妻プレイ——疑似的にですけど——によりちょっとだけ芽生えてしまった高揚感がグチャグチャに混ざり合っていた。


(もう今さら何考えても逃げられないし、何も変わらない。ただ、対戦相手を倒すだけ……)


『シアイカイシ、3プンマエ』


 放送とともに昇降台が上昇、視界に闘技場が広がると同時に、対戦相手と思しき姿も同じタイミングで迫り上がってくるのが見えた。


「えええっ?」


 アラトは上擦うわずった。


 100m先に独り立つ敵の姿は、とてもチャーミングなネコ耳娘だった。


 メチャンコかわいい……という思考を最後に、アラトの意識は全て白色に塗り替えられ、あらゆる感情が蒸発してしまった。


 至極一般的な黒をベースとしたメイド服、白いエプロンにフリルカチューシャ型の白いメイドブリム、首元と胸元に黒いリボン。華奢きゃしゃでスリムな美脚を包むのは黒いサイハイストッキング。身長は150cmに届かないくらい。


 ネコ型獣人であることを示す猫耳は茶トラ猫を彷彿ほうふつさせる薄茶色で、ロングヘアーもその色に準ずる。そして見つめられるだけで吸い込まれてしまいそうなほど大きく真ん丸の瞳はエメラルドグリーン。


 ニコっと微笑む笑顔は、人間で例えるなら17歳くらいのキュートな少女のそれ。


 両手でピクニックバスケットをたずさえ、背筋を伸ばし立つ姿勢には、柔らかで明るい品性が漂っている。


『シアイカイシ10ビョウマエ、9、8、7……』


 魂を失ったかのように棒立ちするアラト、まるで時間の概念すらも消えているようだ。


『……3、2、1、ゼロ』


 ネコ耳メイドは、両手でピクニックバスケットを携えたまま、微笑みを崩さずタタタと軽快にアラトに近寄ってくる。


 一歩たりとも動いていないアラトの正面に立つと、にこやかに自己紹介を始めた。


「こんにちニャ、なのニャ。うちはニャン・ニーニャっていうニャ」


 無心の意識下で、微動だにしない静かな水面に突然一滴のしずくが落ちたかのごとく、アラトはビクッと反応した。


 ネコ耳娘の『きゃわゆさ』に魂がノックアウトされ反応できないにもかかわらず、アラトの精神を構成する小さな悪魔的本音の部分——『小アラト様』と称すればいいか——が、ネコ耳娘の『ニャン言葉』に正面から対峙するよう——決して対戦しろという意味ではないが——ユサユサとアラトの身体を揺さぶって説得している。


 平たく言うと、『ニャンだってぇー』とか『ニャンとぉ、ニャン語出たぁー』とか叫びそうになったけど、ギリギリえているわけだ。


「名前を教えてほしいニャ」


「僕、アラト」


「アラトお兄さん、よろしくなのニャ」


 首を傾けながら、満面の笑みを見せるネコ耳メイド。


 アラトの全身から脱力され、両手がダラーンと下がった。


「アラトお兄さん、とっても無口なのニャ。試合用にサンドイッチ準備してるニャ。一緒に食べるニャ。いいかニャ?」


 コクコクとゆっくり首肯するアラト。


 薄い反応の見た目とは裏腹に、アラトの心の深い奥底では『小アラト様』が『死むぅー、死むぅー』とのたうち回っている。


「レジャーシート敷くニャ。ちょっと待つニャ」


 レジャーシートを広げるネコ耳メイド。


「ここに座るニャ」


「うん」


 大きなシールドを床に寝かせ、レジャーシートにあぐらで座り込むアラト。惑星破壊キャノン砲を背中に装備したままメイドと並んで座ると、人目にはなんともシュールに映ることだろう。


「はい、なのニャ」


 アラトの正面に座り込んだネコ耳メイドがサンドイッチを手渡す。


「飲み物もあるニャ。飲むニャ?」


「うん」


 ハーフヘルメットにゴーグルという組み合わせのおかげで口が露出しており、そのままモグモグと普通にサンドイッチを食べ始めるアラト。


「おいしいニャ?」


「うん」


 ネコ耳メイドも、いっさいの警戒心を見せず普通にサンドイッチを頬張る。


「うち、お魚さんが大好きニャ。ツナサンドが好物ニャ。お兄さんは何が好きニャ?」


「何でも好きだよ」


 心が打ち解けてきたかのように、無口だったアラトもネコ耳メイドとしだいに会話が弾みだした。


 彼女はオープンな性格なのか、至極自然にボディタッチをする。アラトのくだらない話題に逐一反応し、おもしろいニャ、と言いながらアラトの身体に軽く触れてくるのだ。


 いっとき頭が真っ白になって思考を停止させていたアラトも、ここにきてようやく正常に戻り、ネコ耳メイドとのひとときを満喫するようになってきた。


 この戦場において、非常にミスマッチな状況ではあるが。


(いいなぁー、この娘。かわいいし明るいし気が利くし……)


 ジロジロと品定めをするかのようにネコ耳メイドを上から下まで観察してしまうアラト。随分前に、ギリコが冗談で語った女子高生の『おパンツ作戦』を思い出す。


 アラトは良からぬ妄想をしてしまった。


 それから『ニーニャさんて、猫舌なんですか?』みたいな、たわいないおしゃべりを続け、30分、いや小一時間経っただろうか。


 突如、ネコ耳メイドが立ち上がった。


 ネコ耳メイドが少し前屈みぎみに両手で股間の辺りを隠すような姿勢になる。モゾモゾと身体を揺らし、


「トイレに行きたくなったニャ……」


 『小アラト様』の鼻から噴水のごとき勢いで鼻血が噴出した。


「どこにあるか知らないニャ。一緒に探してほしいニャ」


「うん、わかった。探してみる」


 アラトも立ち上がり周囲を見渡す。当然ながら闘技場にトイレなど無い。


「トイレ見当たらないね。困っちゃったね」


 モゾモゾと身体を揺らす勢いが増した。


「うち、こんなところでお漏らしできないニャ。とっても恥ずかしいニャ。みんな見てるニャ」


 ネコ耳メイドは顔を赤らめながらアラトに訴える。


「た、助けてほしいニャ」


「うん」


「もう我慢できなくなってきたニャ」


「う~、どうしよう~、たぶんトイレは闘技場の外じゃないかなぁ~、なんとか外に出れないかなぁ~」


「試合を終わらせてほしいニャ。だったら外に出れるニャ」


「えーと……」


「助けてほしいニャ、助けてほしいニャ」


 我慢で顔をゆがめるネコ耳メイド。涙目で訴える表情に愛おしさがにじみ出てくる。公園の隅っこに捨てられ、ニャーニャーとエサを求めるか弱い子猫のようだ。


 こんなにもかわいくて愛らしい少女を、まるで自分がいじめているかのような錯覚を抱き、アラトの感情に妙な罪悪感が生まれ始めた。


「そうか、ヨシ! そうしよう!」


 アラトはキョロキョロと虫型ドローンカメラを探し始める。しかし、どこを飛んでいるか全くかわからない。


 仕方なく、遭難者のSOSサインのように両手を広げ大袈裟に振りながら大声を張り上げるアラト。


「あー、すみませーん、審判さぁーん、聞こえてますかぁー、僕の負けでぇーす! こっからすぐに出してくださぁーい! 早くお願いしまぁーす」


 しばしのあいだ、運営側の反応を待つ。


 すると、闘技場内にアナウンスが流れ始めた。


『第一回戦第十六試合の結果をお伝えいたします。

 新入社員カッコ試用期間中カッコトジの敗北宣言により、メイドの勝利となりました。

 これにて、本日の試合放送を終了いたします』


 アラトはホッと胸をで下ろし、ネコ耳メイドと顔を見合わせた。


 トイレに急行したいはずのネコ耳メイドから、なぜか我慢する表情が消え去っている。モゾモゾといった揺さぶりもなく、すでに用を足したかのような振る舞い。


 満面の笑みを浮かべ、礼を述べるネコ耳メイド。


「ありがとなのニャ。助けてもらって嬉しいニャ」


 鼻歌交はなうたまじりにピクニックバスケットとレジャーシートを片付けると、ニコニコ顔でバイバーイと手を振るネコ耳メイド。


 アラトに背を向けると、最初に登場した時の『迫り』へ向け歩き出した。


 無言でその様子をジッと見ているアラト。


「…………」


 何かがおかしい。何かが間違っている。


「えーと……、…………」


 突如、急激に顔から血の気が引き、文字通り顔面蒼白になった。その青白さときたら、ゾンビの血色に匹敵するほどだ。とてもとても重要なことに気づいてしまったアラトは、ひとことだけ漏らした。


「やっちまった……」


 ニャン・ニーニャ、第二回戦進出!


 尾暮新人、第一回戦敗退!



【作者より御礼】

 数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。


【ポイント評価の心からお願い】

 継続して読む価値がある作品だと感じていただいてる読者様、どうかお願いです。面白い作品になるようにと、一生懸命頑張ってきました。作者へのご褒美と思って、ポイント評価をお願い申し上げます。

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