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第三十一章 初出場の準備 その2

31.1 初出場の準備 後編


 夕方まで特訓した。


 破壊され黒焦げとなった石材の破片が一面に転がっている。


 ハンドレーザー銃を一発放つだけで精神的疲労が結構溜まる。アラトが慣れていないということもあり、一度発射してから10分以上の休息を必要とした。その合間は敵の攻撃をひたすら耐えないといけない。


 しかも、使用するたびに疲労の蓄積度が増し、都度休息時間が長引いて発射のインターバルが延びていく始末だった。


 しかし破壊力は申し分ない。怪獣はともかくとして、人間サイズの生き物であれば、一発で即死もしくは失神させることはできるだろう。敵をある程度の時間——おそらく10分程度——戦闘不能状態にすれば、審判が勝利判定をしてくれるルールだ。


「アラト隊長。今日はこれくらいで終わりにしましょう。結構疲労が溜まっているご様子ですので」


「はぁはぁはぁ……、わ、わかったよ、そうする……」


 二人はアラトの部屋に戻り、装備を外した。


 アラトはすぐにシャワーを浴びる。バスルームから出てくると、ギリコが夕食を注文してくれていたのでむさぼるように平らげた。ギリコが夕食の時間帯までアラトの部屋に残っているのは珍しい。


 アラトは今日の訓練中もずっと考えていた。モチベーションをなんとかして高めたい。


「ギリコさん、ちょっと相談なんですが……」


「なんですか、アラトさん」


 ギリコが笑顔を見せる。以前は取って付けたような笑顔だったが、最近はさわやかな笑顔を見せるようになった。安心感を与えてくれる。これもラブコメ・ディープラーニングの成果に違いない。


「その……ですね、明日の試合のモチベーション高めたいんですが……」


「はい。なにかご要望はありますか?」


「要望というか、ギリコって僕のこと好きなの?」


 ギリコが静止した。視線を外す。天井を見る。目をつむる。


「当然です」


「今、メッチャ間があったよねぇ! どゆことよ!」


「わたくしはアンドロイドです。フリーズするのはよくあることですわ。決して回答にきゅうしたとかではありません。ただ本音が露呈しないように最適な演技を模索していただけです」


 アラトがプッと吹き出した。言い訳になってないぞと思いながら、不覚にもちょっと笑ってしまった。


「……で、その本音ってなに?」


「答えられません。乙女は本音を隠したがるものです」


「ご都合主義かよ!」


「答えられません。乙女は本音を隠したがるものです」


 アラトはわざとらしく溜息をついた。


「いいではありませんか。わたくし、アラトさんのこと好きだって答えているのですから。何が問題なのですか?」


「問題おーありだよ! まず、その気持ちウソだし」


「どうしてウソだとわかるのですか?」


「だって、気持ちが全然こもってないし」


 ギリコが軽く嘆息した。


「わかりました。正直に申し上げます。わたくしは『好き』という感情の本質が認識できません」


「えぇぇぇ~、ラブコメたくさん読んでるんだよね?」


「はい。主人公が男性である青少年向けのラブコメを中心に学習しています」


「じゃ、わかるじゃん」


「例えば、ヒロインが物語の主人公に助けてもらって好きなるとか、主人公の優しい性格にかれるとか、主人公のステイタスが好みのタイプであるとか、いくつかのパターンがあります。

 そういった感情の理屈をわたくしは理解できないのです」


「まぁ、僕もそう思うことがときたまあるけどね。なんでこの娘がこんな奴好きになるねん、的な。ラブコメと現実を比較すること自体、間違いかもしれないけど」


 ギリコが本音を続ける。


「『好き』の理屈を心理学的にも生物学的にも説明できるのかもしれませんが、その根本は人間の本能の中に存在しているのではないかと推測しています。

 そしてわたくしに人間の本能はありません。従って『好き』という感情を認識できないばかりか、科学的にも機械的にも生み出せないと判断しています。

 子育て経験のない子供が、『我が子を愛する』という親の気持ちを理解できないというケースに似ているのではないしょうか」


 アラトは押し黙った。


「いかがですか、アラトさん」


「ちょっと待って、どう説明すればいいか考えてるから」


 アラトは天を仰ぎ瞑目して考えている。


 しばらくして、ある考えが浮かびパッと目を開いた。


「ギリコってさ、毎日上下が真っ赤なスーツ着てるじゃん」


「はい」


「明日から焦げ茶色のスーツにしてよ」


「嫌です」


 ギリコは即答した。


「どうして?」


「いつも赤を着ていますから、それがわたくしのトレードマークです。変えたくありません」


「それって赤にこだわっているってことだよね。つまり赤というカラーが『好き』なんじゃないかな?」


「そんなの、誰かを好きになるのとは……。いえ、なんとなくアラトさんが伝えようとしている感情がわかるような気がします」


「そう?」


「はい。確かにわたくしは赤が好きです! この真っ赤なスーツが気に入ってます!」


 急にギリコの顔が明るくなった。


 その笑顔を見て、アラトの表情も明るくなる。


「だったらさ、ギリコは僕とずっと一緒に過ごしたいと思う? この先ずっと、一生、死ぬまで」


「いえ、思いません。アラトさんと一緒に過ごすのは、口説き落とすという任務と、この大会出場のサポートが終了するまでのことですから」


 アラトは死んだ。ちょっと語弊がある。あたかも死んだかのように床に倒れた。顔面を床に打ち付け、鼻血がでる。


「アラトさん、大丈夫ですか? 病気ですか? いったいそうされたのですか?」


 うつ伏せのアラトを揺さぶるギリコ。アラトはそのまま死んだフリを続けた。



 §   §   §



31.2 大会十六日目の朝 アラトの部屋


 翌朝を迎える。


 体内時計が7時にアラトを起こした。窓から差し込む朝日の光が、アラトの意識を夢の世界から現実世界へと引き寄せる。ベッドの中で両目を開けると、女性の顔が視界に飛び込んできた。


「アラトさん、おはようございます」


 ギリコが顔をのぞかせていた。アラトが目を覚ますまで待っていたようだ。びっくりして咄嗟とっさに上半身を起こす。


「お、おはようございます、先輩!」


 予期せぬことで心臓がバクバクしている。


「アラトさん、モーニングセットは注文済みですので、すぐにでも届きますよ」


「わ、わかりました。じゃ、シャワーでも浴びて目を覚まします」


「それがよろしいですわ」


 明らかにいつもより声音が優しい。まるで新妻に起こされた気分だ。超絶美人との新婚生活、し、刺激的だ……。


 などと考えつつシャワーを浴びるが、今日が初戦であることを思い出した。ちょっと憂鬱ゆううつになる。昨日から気にしているモチベーションが上がらない。


「あかん、やる気が沸いてこない……」


 その後モーニングセットを食べていると、ギリコが脇に立ち、ニコニコと世話をしてくれる。


 食後は、パワードジャケット装着を手伝ってくれた。出撃準備完了。


「さぁ、アラトさん、初陣がんばってください!」


「うん……」


「アラトさん、どうされました? 元気ありませんが」


「うん……。何を隠そう、試合に対するモチベーションが上がってこない」


「それは困りましたわ。油断していますと、あっさり命を落とすことになりかねません」


 アラトはフリーズした。


 ギリコは笑顔を作って続ける。


「大丈夫です、アラトさん。わたくしが応援していますから」


「こ、心強いと言いたいけど、全然大丈夫じゃないって!」


「わかりました。モチベーションがほしいのですね。でしたら第一回戦突破した場合、お約束のチュー以外にも、アラトさんの望みをお一つ叶えましょう。わたくしができる範囲でですが」


「ホントに?」


「はい」


「なんでも?」


「わたくしができる範囲です。もちろん、大会出場だけは継続していただきます」


「今すぐ決めなきゃダメ?」


「試合後に決めていただければ、それで結構です」


「わ、わかりました」


 そうこうしていると、闘技場に案内するトーナメント運営の警備ロボが二体、アラトの部屋にやって来た。


「ヨシ!」


 覚悟を決めて出発するアラト。


「アラトさん、シールド忘れています」


「おう、そうだったそうだった」


 玄関の壁に立ててあるシールドを手にする。


「じゃ、行ってきます」


 ギリコは両手を自分の胸に当て、心配まじりの柔らかい笑顔を見せる。


「ご活躍期待していますわ、行ってらっしゃい!」


 お見送りの言葉がとても優しい。新婚さん気分になり新妻の色気みたい印象がアラトの胸に突き刺さる。


 アラトは後ろ髪を引かれる気分で、警備ロボの後ろについていき出発した。


 ギリコがわざわざ玄関ドアから出てきて、最後まで手を振り見送ってくれた。



【ポイント評価のお願い】

 数ある作品群から選んでいただき、そして継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。

 誠に図々しいお願いとなりますが、お手間でなければ、ポイント評価をお願い申し上げます。

 どうも有難うございました。


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