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第二十九章 義理子先輩のサポート その2

29.1 義理子先輩のサポート 後編


「アラトさん、大丈夫ですか? 死なないでください! アラトさん!」


 ギリコは大袈裟な演技で床に座り込み、アラトの上半身を抱き上げる。そのまま抱き寄せてアラトの顔に彼女の唇を近づけた。


「待てぃ!」


 アラトは片手でギリコの顔を引き離し、キスをさえぎった。


「アラトさん、邪魔しないでください!」


「な、なんだよ! 色情魔かよ!」


「わたくしに色情などという感情は存在しません!」


「絶対嘘だね!」


「そんな意地悪、乙女に言わないでください!」


「誰が乙女やねん! もう、僕ばっかり悶々として! バッカみてぇじゃんかぁ!」


 ギリコが静止した。アラトの目をジィーっと見つめる。


「アラトさん……。わたくしのこと本気で惚れてくださったのですね! ギリコ、嬉しい!」


 ギューっとアラトを抱き締めるギリコ。


「なんでそうなる!」


「だって、悶々として、って……」


「異議あり! 断固として抗議する!」


 アラトはチカラいっぱい抵抗し、ギリコの抱擁から脱出した。


「そんなぁ、そんな非道いこと言うなんて、ギリコ、とっても悲しいですわ」


 ギリコは両手で両目を覆った。


 ポタポタと涙が両手の隙間から零れ落ちる。


「はいはい、フェイク知ってまーす!」


 と言いつつ、ギリコの両手を顔からむりやり引きがすと、目薬がポロっと落ちた。


「そんな演技、僕には通用しませぇーん!」


 静止するギリコ。ゆっくり立ち上がる。


「シュン……」


 ギリコが気落ちした小さな声で『シュン』と言った。そして、ドアに向かってゆっくり歩き出す。


「トボトボ……」


 続いて『トボトボ』と擬音を声に出して、意気消沈を表現した。


「ちょい待て!」


 帰ろうとするギリコをアラトが止める。


「はい!」


 パァーっと明るい笑顔で振り向くギリコ。


 仁王立ちのアラトが床を指差した。


「ギリコちゃん、そこ座んなさい」


 イソイソと床に正座するギリコ。


 口元を片手で隠しながらちょっとだけ笑みを浮かべるアラト。彼女の素直で幼稚な行動に、少しだけ微笑ましく思ってしまう。


「コホン、よろしいですかギリコちゃん」


「はい」


 床に正座したまま、仁王立ちのアラトを見上げる。


「その、シュンとか、トボトボとかいうのは、擬音とか効果音とか申しまして、漫画の背景に文字として表示されますけど、登場人物が声に出してるわけじゃないんですよ。あくまで状況説明なんです」


「そうだったのですね。お勉強になります」


「ご理解いただけましたか」


「はい!」


「よろしい! じゃ、もひとつ!」


「はい!」


「目薬で涙の演出をするのはマイナスです。フェイクだとすぐわかるので逆に信頼を失いますよ」


「だって、ギリコ、簡単に泣けないんだもん」


「ん? その物言いだと、泣く機能があるように聞こえますが」


「はい。人工眼球の洗浄のため涙腺るいせんは存在します。人工眼球は人間同様、常に潤いが必要ですし、異物があれば涙で洗い流します。つまり物理構造的に泣く機能は備わっています」


「へぇ~」


「ですが、感情表現のアルゴリズムに『涙を流す』というコマンドが組み込まれていません。つまり、精神構造的に泣く機能が存在しないのです。悲しいからといって、自らきっかけを生み出すことはできません」


「よくわからん」


「人間は涙を流すほど辛い事象に直面した時に泣きます。個人差はありますが、その『涙を流すほどの辛さ』とは精神異常をきたすレベルの『耐え難いストレス』と言い換え可能でしょう。

 そして『涙に含まれるストレス成分を体外に排出する行為』そのものが『耐え難いストレスを解消する』ことになります。それが生物学的に説明できる仕組みなのです。

 アンドロイドであるわたくしにストレス成分が存在しない、というのが涙を流せない理由です。ですから、わたくしには目薬が必要だったのです。たとえ、それが飾りにすぎなかったとしても」


 彼女の長い説明が終わった。とにもかくにも、彼女は泣けない、ということは理解した。その事実こそが、『彼女は人間でない』と定義できる真の証明なのかもしれない、とアラトは思った。


 彼女の本音は正直読み取れない。でも、やれと言われたことに彼女が一生懸命なんだということだけが伝わってくる。その一生懸命さが、アンドロイドであるはずの彼女を人間っぽくしているように思える。


 そんなふうに考えながらしばらくギリコを眺めていると、急にセンチな気分になってしまった。


 アラトはしゃがみ込んで正座しているギリコを優しく抱き締めた。


「そうかそうか、ヨシヨシ」


 キュッと抱き締めてから、ギリコの頭を撫でる。


 するとギリコは満足そうに目をつむった。アラトの父親じみた行為を受け入れたのかもしれないが、誰にもわからないことだ。


 しばらくしてギリコの両手を取り引き上げる。二人とも立ち上がった。


 ギリコは無言でアラトを見つめている。いつになく悲しそうな表情のギリコ。


 アンドロイドの吸い込まれそうなほど美しい瞳に釘付けになっていると、薄っすらと潤んでいることにアラトは気づいた。彼女の潤んだ瞳がキラキラと光を放つ。瞳の奥底に何かの感情を秘めたような、そんな輝きだ。


 あれ、また目薬でも使ったのかな、と疑ってみたが、そんな隙は無かったはず。アラトはあえて何も語らなかった。


「アラトさん」


「どした?」


「いろいろとお勉強になりました。ありがとうございます」


「あ、そう? それは良かった」


「それから、明後日はアラトさんの記念すべき初戦です。しっかり対策を打っておきましょう」


「そだね。明日でも大丈夫かな」


「はい。明日、もう一度パワードジャケットを装着して慣れるようにしましょう」


「うん、わかった」


「では、また明日の朝」


 ギリコがきびすを返し、部屋を出ようとする。


「ちょっと待って、ギリコ」


「はい、なんでしょうか」


「いや、その……」


 モジモジするアラト。


「前に、第一回戦突破したらご褒美ほうびくれるって言ってたじゃん」


「はい、覚えています」


「じゃ、ご褒美は……、ギリコのチューってことにしてくれる?」


「いいのですか?」


「うん。むしろ、それまでお預けというか……」


「わかりました、アラトさん。楽しみにしておきます」


「うん!」


 アラトは、ギリコが部屋を出ていくのを見送った。



 §   §   §



29.2 大会十五日目の朝 アラトの部屋


「おはようございます、アラトさん」


「おはよう、ギリコ」


 いつもの朝が始まった。


 特にコメントもなく、いつものソファーに座るギリコ。


 アラトにとって彼女と一緒に過ごしやすいところは、前日までの空気感をあまり引きずらないこと。ケロっとしている雰囲気が、アラトの楽観主義に似ていて助かる。


「本日の試合、エイリアンハンター・ゼロ対ハテナハテナハテナです」


「なにそれ?」


「クエスチョンマークが三つ並んでいます」


「ふ~ん。運営って、なんやかんやで勿体ぶるよね」


「どうでしょう、そうかもしれませんわ」


「そう思わないの?」


「単にわからないものはわからない、ということかもしれませんし」


「なるほど……。そうかもね」


「はい」


「じゃ、例によって、あのうるさい解説も聞こうか」


「かしこまりました」



【ポイント評価のお願い】

 数ある作品群から選んでいただき、そして継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。

 誠に図々しいお願いとなりますが、お手間でなければ、ポイント評価をお願い申し上げます。

 どうも有難うございました。


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