第二十七章 恋愛シミュレーション その2
27.1 恋愛シミュレーション 後編
「こんな感じのところまで学習したのですが、ここから先のチカラ加減がわからないのです」
「はわわっ……、へっ?」
二人の動きが止まった。
生唾を飲み込み、間近に迫るギリコの顔をパチクリと見るアラト。緊張の糸が切れ、ゆっくりと流れていた時間が正常に動きだす。
ギリコがキスの体勢を解いた。
額の汗を拭うアラト。
「ななな、なるほどですねぇ~。よ、よくここまで勉強しました。とてもすばらしい叡智です」
「アラトさんのエイチには敵いませんわ」
「う、うまいこと返すなぁ~。では、続きは、また別の日に……」
「キスのチカラ加減を教えてください。唇を押しつける圧力を実践で学ばないと、アラトさんに怪我を負わせてしまうかもしれませんので」
床に座り込んでいるアラトの目の前で正座するギリコ。両手を太腿の上で揃え背筋をシャキッと伸ばす。先生から学ばんとする生徒の姿勢になった。
「そ、そうですか」
「アラトさん、わたくしに恋心を抱くように努力してくださる、で間違いないですよね?」
ギリコが微笑みながら首を傾げた。
(にゃろ~、いちいちかわいいなぁ~、こんちくしょう~)
アラトは、ギリコがあざとくかわい子ぶりっ子を演じている小悪魔だと理解しているが、理屈を飛び越えてかわいんだから、仕方ない。ふだんの無感情な印象と断然異なるギャップが、余計に萌えを加算する。
「じゃ、一度だけってことで、いいっスかね」
言いながら視線を逸らすアラト。
「はい!」
元気よく返事するギリコ。
アラトの誘導で二人とも立ち上がり、触れ合うほどの距離で向かい合う。
「えーと、学ぶということは、僕のほうからキスするでいいんでしょうか?」
「はい、もちろんですわ」
「ヘタだったらゴメンね」
「それは困ります。ですが、比較対象がありませんのでご安心ください」
「ご安心しました」
◆ ◆ ◆
その日の夜、アラトはベッドの中で悶々としていた。
二人はその日、キスをした。
唇と唇を合わせる短めのキスを終えて、
「わかりました。本日はアラトさんがお困りのご様子ですので、次回はわたくしのほうからキスいたします」
とギリコは淡々とのたまい、今日のところはお開きとなった。
なんとも味気ない。彼女は特に感想も感動も示さなかった。彼女にとってはファーストキスだというのに。なんか悔しい。
で、アラトはというと、
(うぉぉぉー、なんじゃこの柔らかさはぁぁぁ!)
と心の中で叫んだのだ。実際、柔らかかった。一瞬のことだったが、その柔らかくほどよく熱を帯びた唇にとろけてしまった。
(反則! 反則だというに! おっぱいカチカチなのに、なして唇あんなに柔らかいねん! ありえへん!)
とさらに心の中で続けた。ギリコがアラトの部屋を去るまで、どんだけ心を読まれないように口笛拭いたか。
そして夜を迎えた。アラトはベッドの上でのたうち回り、彼女の魅力をアラトの肉体が記憶してしまったことを、本能的に後悔するのだった。
§ § §
27.2 大会十四日目の朝 アラトの部屋
いつもの朝を迎えた。昨晩寝つきが悪かった。アラトは少しばかりイライラしていたが、むりやりイラつきを抑え込んだ。
朝食を平らげる。毎朝のことながら、淹れたてのコーヒーはおいしい。
「さぁ、そろそろ9時か……、ギリコ、今朝は遅いな……、もう始まっちゃうよ……」
テーブルに放置していた対戦表を手に取り、本日の試合内容を確認する。
「ふむふむ、魔法少女。マジか! 魔法少女って存在するわけ? 『魔法少女カドリィ・ジニーサ・マンサ』ねぇ。コスプレ少女でも出てくるのかな?」
コーヒーの薫りをゆっくり堪能しながら、ひとくちすする。
「で、対戦相手が『クレオパトラ・ヴィーナス』……。アハハハ、なんか笑える。恥ずかしくないのかなぁ~、こういう名前。よっぽどルックスに自信あるんだろうな。顔見るの楽しみだなぁー」
続けてコーヒーを口に含み、飲み込もうとした瞬間だった。
ブゥゥゥゥゥゥ~
カーペットがコーヒーで汚れた。
空になったコーヒーカップを片手に、コーヒーの飛沫を自らも浴びてしまったアラトの顔は、豆鉄砲食らった鳩のよう。
「はぁぁぁぁぁぁ~??」
とある偶然、いやとんでもない秘密に気づいたのだ。
「クレオパトラ・ヴィーナス? って、あの有名なタレントじゃんかぁ!」
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