第二十五章 最新鋭ロボット製造技術
25.1 最新鋭ロボット製造技術
第一回戦第十二試合が終わった。
アラトには、今回の試合展開がよく飲み込めなかった。なぜ女子高生が勝ったのか不思議でならない。が、あえてこだわらないことにした。
「ところで、ギリコさ」
「はい、どうされました、アラトさん」
「ギリコって人を罠に嵌めたり陥れたりするけど、結構僕の質問に正直に答えてくれるじゃん、どうして?」
「唐突ですね」
「いやー、ちょっと気になっちゃって」
「そうですか」
ソファーに座っていたギリコが立ち上がり、妙に色っぽい表情でアラトが座っているソファーの肘掛けに腰掛けた。
「わたくしの行動は任務遂行が最優先です。アラトさんを罠に嵌めたり陥れたりするのは任務遂行のためだけですわ」
目を細めゆっくりとしゃべりながら、少しずつ顔をアラトの顔に近づけてくる。
「そ、それって僕をこの大会に出場させるってことだよね」
「はい、そのとおりですわ」
吐息が掛かるほど顔を近づけると、右手でアラトの頬に触れ、頬擦りをしてきた。ゆっくりと上下に動かし、ウフン、と甘い声を静かに漏らす。この超絶美人アンドロイドの頬は暖かくて柔らかい。そして二人の唇が触れ合いそうなほど近い。
アラトはゴクリと生唾を飲み込んだ。
彼女が頬擦りを続けながら、ゆっくりと話を続ける。
「任務を完遂させるためには、アラトさんとの人間関係が良好であるほうが得策です。そして任務遂行に支障がない場合、できるだけ正直にコミュケーションを図り、信頼を得るように努力するのが最適解と判断しています」
「こ、これって、い、色仕掛け、ですか?」
声が上擦りながら質問するアラト。
「もう、意地悪なんだから……」
超絶美人アンドロイドが、ハムッとアラトの耳たぶを甘噛みした。
「ヒャ!」
乙女なような悲鳴を上げ、ソファーから立ち上がるアラト。
義理子先輩から離れ、胸元を押さえて速まった心臓と荒くなった呼吸を鎮めようとする。
「ちょ、ちょっと義理子先輩、オフィスでセクハラってレッドカードでしょ! 退場ですよ、退場!」
「そんな、退場だなんて……。怒っちゃ、イ・ヤ」
鼻にかかった甘い声、上目遣いでアラトを見つめると、人差し指を口元に当てながら長いまつげをパチパチさせた。
(わずか一晩でここまで学習してしまうとは……。恐るべし、ラブコメ・ディープラーニング!)
義理子先輩は妖艶に腰を振りながらゆっくりと近づき、両手をアラトの腰に当てる。
「いかがでしたか? ドキドキしましたか?」
「ちょっとギリコさん!?」
アラトは急に思い立ったようにギリコの手を引き、応接セットのソファーに駆け寄る。二つのソファーを向かい合わせるようにセットした。
「ギリコ、ちょっとお座り!」
ソファーの一つを指差す。ギリコがそこに正座した。アラトも手前のソファーに正座する。正座して向かい合う格好となった二人。
「えー、コホン。ギリコさん、ちょっとお話しがあります」
「はい」
「ギリコさん、まだゼロ歳児ですよね」
「はい、実質的には」
「ラブコメ・ディープラーニングをお薦めしたのは僕ですが、ラブコメって結構非現実なストーリー展開が多いんです!」
「はい」
「特に男性読者に悦んでいただくためにですねぇ、『いやいや、現実でそんなことせーへんやろぉ!』みたいなことを、ヒロインに強制するわけなんですよ! サービス回と称してハレンチなことを!」
「はい」
「まだまだ経験値の低いあなたは、その辺の判断ができないわけですわなぁ! そんなわけで、僕が許可しないことをしちゃ駄目です! わかりましたか?」
「アラトさんの許可があればいいのですか?」
「一応、そうね」
「そうすれば、わたくしのこと好きになっていただけますか?」
「そ、それは、わかりません」
「それでは任務遂行最優先になりません」
「なるほど……、わかった。じゃ、好きになるように努力するから。ギリコも、そのなんというか努力してよ」
「わかりました。善処いたします」
「ごまかされてる気もするけど、ホントに頼みますよ!」
超絶美人アンドロイドの顔を長いこと真正面から見ていると、
(あーもー、どんだけ美人やねん! それ反則やって!)
と考えが浮かんでしまう。
ちょっと照れてしまったアラトは、視線を逸らし話題を変えた。
「ついでにいろいろ訊くけど」
「はい」
「ギリコって、アンドロイドなのに呼吸すんの?」
「できるだけ人間の挙動に近づけるため、あえて声帯を使って声を発するというメカニズムを導入しています。そのため肺を使って呼吸する構造を採用しています」
「へぇ~、おもしろいなぁ~。じゃ、どうして肌が暖かいの?」
「はい。まず体内に人工的なサーモスタットがありますので、人間よりも機械的な体温調整が可能になっています。
それから発熱しやすい脳型コンピュータを頻繁に冷却する必要があり、それは人間が脳を冷やす構造を応用しています。具体的には、ナノテクノロジーの結晶である人工血液を使って、冷却、発熱を全身でコントロールしています。
その人工血液のおかげで、耐久性と再生能力の高い人工皮膚を全身にまとうことができ、人間に近い柔らかくて弾力のある肌も実現しています。現代技術における最高品質の柔肌ですわ」
「さ、最高の柔肌……」
ゴクリと生唾を飲み込む。
「ご確認されますか? わたくしのヒップなど、芸術的な仕上がりと自負しています」
お互い正座している状況なのでギリコのヒップは見えないが、アラトはあえて視線を天井に向けた。
「いえ、結構です」
顔が真っ赤だ。
赤面したアラトの顔を見たためなのか、説明を付け加えるアンドロイド。
「ちなみに顔が赤面するのも、赤い人工血液の恩恵ですわ。他に何かありますか?」
「…………」
「あれについて疑問があるようですね。なぜ柔らかさも弾力も無いのか」
「バ、バレます?」
「はい」
義理子先輩が笑みを作った。どちらかと言えば、皮肉めいた作り笑顔なのだが。
「覚えていらっしゃいますか、この大会に出場いただける男性を探すために、100万人の男性と交渉したと」
「うん。なんとなく」
「メインはネット上でのやりとりでしたので、実際に対面した男性は10万人もいませんが、協力に応じるといって直接面会した男性の多くは……」
「ちょい、待った!」
「はい?」
超絶美人アンドロイドが首を傾げた。
「もうわかったよ。みんな触るんでしょ、興味本位で。そ、その……、ギリコの胸を……」
「ありていに言えば、そのとおりです。
初期設定は普通の柔らかさだったのですが、結果的に出場しない嘘つきばかりでしたので、マイナーチェンジによりそこだけ硬くすることで変態意識を削ぐ方針を選択致しました。
人工皮膚といえど、柔肌はデリケートですから」
「うっ……」
アラトの脳内に羞恥と悔恨と憐憫とさまざまな感情が入り乱れ、脂汗とも冷や汗とも区別のつかない汗が噴き出す。
「ご安心ください。そういった方々はほぼ全員病院送りとなって、大人しく猛省しているはずですから」
ニッコリする超絶美人アンドロイド、落ち着いた表情で話を続ける。
「それに結果的に良かったと判断しています。アラトさんに出会えましたから」
「な、なんか胸が苦しくなってきた……」
申し訳ないといった表情のアラト、いたたまれなくなってきた。
「アラトさんは気に病まなくても大丈夫ですよ」
「でも……、ゴメンね、ギリコ。あんなこと言っちゃって」
アラトがシュンとする。
「ご安心ください。『マネキンおっぱい』と愚弄されようとも、アラトさんを恨むような感情は抱きませんので」
(絶対恨んでると思うけど)
「ギリ大丈夫です。ですが……」
「ですが?」
「次回のアップグレード時には、最上位モデルのデータを活用し超絶リアルな最高品質の弾力を獲得する予定ですので、垂涎しながら眺めてください」
「わ、わかりました……」
ギリコは満面の笑みで締めくくった。
シュンとしているアラトの顔色が薄暗い絶望色に染まる。
(そ、そんなぁぁぁ~。絶対、絶対、絶対、この人には感情がある。意地悪な感情が……)
§ § §
25.2 大会十三日目の朝 アラトの部屋
毎朝のルーティンで起きるアラト、朝食を済ませコーヒーをすする。
そこへ予告もなくガチャッとドアが開き、ギリコはズカズカと部屋に入ってくる。通い妻のような態度は、いつの間にか暗黙の了解と化してしまった。
「おはようございます、アラトさん」
「おはよう。今日の試合わかる?」
「九妖妃対アシュカ、だそうです」
「へぇー、さっぱりわかんねぇ」
「おそらくですが、『九妖妃』は九尾の妖狐、『アシュカ』は阿修羅をもじってると思われます」
「そうなんだ、ふ~ん」
「はい。20%程度正確です」
「それ、正確って言わないよね。まぁ、でも、おもしろそう!」
「同感ですわ。観戦を楽しみましょう!」
【ポイント評価のお願い】
数ある作品群から選んでいただき、そして継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
誠に図々しいお願いとなりますが、お手間でなければ、ポイント評価をお願い申し上げます。
どうも有難うございました。