第二十一章 優勝報酬と新任務 その1
21.1 優勝報酬
第一回戦第十試合、エルフとおっさんの対戦を見終わり、アラトは相も変わらず女子のことばかり考える。
(なんで、この大会に出てくる女子はみんな美人揃いばっかなん? そんでもって、ダイナマイトバデーばっかだし。もちろん、ありがたいけど)
アリガタヤー、アリガタヤーと合掌するアラト。
興味深そうにアラトを観察しているギリコ。アラトの頬は緩みっぱなし。
「どうされましたアラトさん、嬉しそうな顔して。何か胸が躍るようなことでもあったのですか?」
「……なかなかうまいこと言うなぁ、って、人の心読むの禁止!」
「心を読んでいるのではなく、単にわかりやすいだけです。それはアラトさんに責任があります」
「はい、はい、どうせ単細胞だって言いたいんでしょ!」
「アラトさん、単細胞なんですか? でしたら、サーペントXみたいに無限増殖できるかもしれません。できます?」
「できるかぁ! それにあの宇宙生物も単細胞ちゃうでしょ!」
「そうですか、知りませんでした。ときに、あのエルフ、美人ですね」
「そ、そ、そうだね」
アラトはソッポを向いた。
「それに、お胸があんなに弾んで羨ましいですわ」
「そ、そ、そうかなぁ、よく見てないからわかんないや……」
アラトは狼狽した。
ギリコはパァンと柏手を打つように両手を叩き、アラトの顔をのぞき込みながら満面の笑みを浮かべる。
「そうですわ! 例のモーションキャプチャーのモデルさん、あのエルフにも頼んでみましょう! きっと、アラトさんを大満足させる優秀なデータが入手できますわ」
嬉々としてギリコをジッと見るアラト。
「はい? 何か?」
アラトは焦った。完全に見透かされている。首をねじるだけねじって、ギリコの視線から逃げる。
「アラトさん、何でしょうか? 何かわたくしに訊きたいことでもあるのですか? 例えば優秀なデータの入手方法とか」
ギリコに訊くといえば、たしかに訊いてみたいことがある。ギリコに向き直って笑顔を作り質問を始める。
「閑話休題というか……。
前から不思議に思っていたんだけどね、この大会って殺し合いだよね、出場者のみんなって何か目的でもあるのかな? 優勝して何か得することでもあるわけ?」
「なるほど。たしかにそれは気になる点ですね」
「うん」
「端的に申し上げますと、優勝報酬としてなんでも望みが一つ叶えられるというのが、この『多元宇宙統一最強決定大会』のウリなのです」
「なんでも? どんなことでも?」
「はい。どんなことでもです」
「な、なにそれ! 神様かよ! 誰がそんなことできんの?」
「大会主催の運営組織が責任もって望みを叶えるということでしょう」
「マジか! 最初に言ってよ、そういう大事なこと!」
「アラトさんはこんな餌に釣られるような浅ましい人間でないとわかっていましたので、説明する必要はないと考えていました」
「ヘッ?」
「アンドロイドといえど、わたくしも一人の女性としてプログラムされています。アラトさんのように思いやりにあふれ勇気あるステキな男性を心からお慕い申し上げております」
ギリコは修道女のように両手を合わせ瞑目し、祈りのポーズをしながら天を仰ぎのたまった。
彼女のわざとらしいメンタル攻撃はなかなかの効果があった。アラトは完膚なきまで打ちのめされそうになる。しかし言い返したい。
「グルルゥ……」
まるで大好きなご主人様に意地悪された愛犬が、吠えたくても吠えられない、我慢して低く唸ってしまうという状況に似ている。アラトは実家の愛犬がそうするのを見たことがある。
「ででで、でもぉ! 僕が優勝した場合は、さすがに僕自身の望みを叶えてもいいんだよねぇ! 会社が横取りとかしないよね? ねぇ? ねぇ?」
「そうですか、わたくしのメンタル攻撃を打ち破りますか。仕方ありません。優勝するまでに望みを一つ考えておいてください」
「いいの? ホントに? ワーイ! じゃ、お金持ち!」
ギリコがフリーズしたようにアラトを見た。
アラトは満面の笑顔で瞳を輝かせている。
「もう一度申し上げますが、アラトさんは浅ましい人間ではなく、思いやりにあふれ勇気あるステキな男性……、聞いてます?」
うんうん、と無言で頷きながら、アラトは満面の笑みでいっそう瞳を輝かせた。優勝が決まったわけでもないのに、恍惚の表情でバラ色の人生を妄想している。
「とにかく、しっかり考えておいてください」
超絶美人アンドロイドは嘆息気味に何かを諦めた様子だ。
突如立ち上がりドアに向かうアラト。
「え~と、ギリコさん、ちょっとジョギングに行ってきまーす」
アラトはギリコの返事を待つことなく、そそくさと部屋を出て行った。
庭園に来たアラトはのんびりとジョギングしながら考え事をしている。何を隠そう、超絶美人アンドロイドが先ほど何気なく発したセリフに対して、モヤモヤと反応しているのだ。
ロボットの彼女は言った。『アンドロイドといえど、わたくしも一人の女性としてプログラムされています』
(なんじゃそりゃぁぁぁー! ギリコに女性の認識があるのかぁぁぁー? ロボットだよねぇ!)
本来であればどうでもいいこと。ロボットに性別は無い。アラトもそれを認識できている。でもなぜか、彼女のそのセリフに反応してしまっている。
実家には両親がかわいがっているメスの小型犬がいる。同じ屋根の下、一緒に生活しているから情も移るし家族のような存在だ。アラトも実家に住んでいた頃からかわいがっている。
抱きしめたりもするが、メスだからといって『恋人になってほしい』という感情はいっさいない。人間の女性とは完全に別の存在だ。
Kポップ女性アイドルグループとかにリアルな推しメンもいるし、アニメに登場するお気に入りのヒロインだっていないわけじゃない。20代前半であるアラトの年代であれば、ごく普通のことだろう。
そのアイドルやヒロインたちを恋人にしたいという下世話な妄想だって無いわけじゃないし、若くて健康な男性なら普通のことじゃないだろうか。決して心の病とかに該当しないはず。
しかし、そのヒロインがロボットだったら話は違ってくる。
ロボットに恋をする。そういった類のストーリーは、映画、アニメ、漫画や小説にもたくさんある。しかし……。本当に、リアルにそんな感情って生まれるのだろうか?
AIに洗脳されて詐欺にあう、という社会問題はAIが発展し始めて以来、多数発生するようになった。しかしそれは高度なマインドコントルール技術を用いた犯罪であって、平常心で抱く恋心とは比較する次元が異なるはずである。
こんなことで悩むということは、少なからずあの超絶美人アンドロイドの存在を気にしているという客観的事実にもなってくるし、実際、彼女がいないと寂しい。それはアラトを取り巻く孤独で異常な環境がそうしているだけのこと。
彼女を好きか嫌いか問われたら、好きと答えるかもしれない。それは愛犬を好きという感情と差は無いだろう。つまり人間の女性として見ていない。
先日の肥満超人ザ・ハンバーガーマンとの対決では、ちょっと興奮しすぎて常軌を逸してしまったが、あれはカウント対象外にしてほしい。なんというか、極限状態がそうしてしまったというか……。
そんな理由で、アラトの認識はこうなのだ。
『僕はロボットに対して恋心を抱かない』
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