第二十章 教祖VSエルフ その3
20.6 教祖VSエルフ 観戦模様その二 アラトの部屋
アラトは固唾を呑んでいた。もとい、生唾を飲んでいた。
なんというか、ワクワクが止まらないのだ。この先の展開が気になってしょうがない。喉がカラカラで水分補給したいのに、気になって飲み物を取りに行けない。
「うぉぉぉー、天使と死神、これって最強? あのおっさんがチート野郎だったとは……。ギリコ、この先どうなると思う? あのエルフ勝てるかなぁ?」
「さぁ、どうでしょうか。難しいところですね」
「だ、だよねぇー。」
「ですが、チチがデカいだけのオナゴですから、負けるでしょう」
「そ、そうですかねぇ~、そ、そうかなぁ~、えーと」
アラトは会話を諦めた。
§ § §
20.7 教祖VSエルフ 試合模様その三 エルフ側
エルフにはディメンションリングを使った四つ目の空間魔法がある。それが『空間歪曲魔法』。
ディメンションリングを左右の手首に装着した状態で両手を前にかざせば、正面の空間面を歪曲させることができる。ねじ曲がった空間が移動する物体のベクトルごと向きを変える理屈で、敵の攻撃を逸らし躱すことが可能だ。
『天使の御加護』とは似て非なるもの。
天使の絶対防御能力からは、敵の攻撃を押し退けるという運動エネルギーを感じるので、理屈としては別物だとエルフは認識している。
死神がエルフに接近してきた。
正面に対峙し、両手を前にかざすエルフ。密着しそうな距離で死神が大鎌を真上から振り下ろすが、なんとも単調な攻撃。『空間歪曲魔法』で冷静に対応するエルフは、ことごとく死神の大鎌を逸らし続ける。
そして、エルフはあることを狙っていた。
死神の繰り出す大鎌の勢いとタイミングを見計らって、エルフが真横にヒョイと避ける。勢い余った死神がそのまま正面に突っ込むと、そこにはエルフが事前に仕込んでおいたディメンションリングが宙に浮き待ち受けていた。
リングはアッという間に死神の身長よりも大きくなりながら、リング内側に見える向こう側の景色は消え去り、暗闇に切り替わった。
そのまま『幽閉空間生成魔法』で生成した幽閉空間がぽっかりと口を開け、死神を飲み込む。
エルフが魔法を解除するとリングの内側に存在した幽閉空間の入口は閉じられ、リング向こう側の景色に戻った。
エルフは、ものの見事に死神を自身所有の幽閉空間に閉じ込めたのだ。
観戦者には、ただ漠然と飛んでいた虫が虫取り網の中に自ら進み、あっさり捕まってしまったように映ったことだろう。
離れた所から見ていた教祖が明らかにうろたえている。何が起きたのか理解していないようだが、さすがに死神の姿が消えたことは把握しているだろう。
「さぁーて、残りは、あのふざけたおっさんを退治するだけ」
フードで顔が隠れて口元しか見えないが、エルフは口角を上げ、舌舐めずりする。
教祖の近くに残しておいたディメンションリングから、『空間接続魔法』で姿を見せるエルフ。
「さてさて、覚悟はよろしいですか教祖様」
「な、な、な、何を申すか! エンジェルちゃんがいる限り、余に手を出すことはできん、できんのだ!」
うろたえる教祖の態度を見て、エルフは嫌味な口調でお仕置きタイムだと言わんばかりに微笑む。
「ウフフ、天使とやらの攻略法はすでに見切ったわ! 貴様への攻撃は邪魔されるが、天使への干渉は邪魔されない。そうよね?」
自身がワープで出現したディメンションリングを手にすると、直径5mくらいの大きさに拡張した。そのリングを教祖と天使の間に差し込み、リングで天使を捕獲するような動作、それもまた、子供が虫取り網で蝶々を捕まえるような仕草。
すると天使がリング内で姿を消し、エルフが遠くに残していたリングから姿を現した。『空間接続魔法』でむりやり天使を移動させたのだ。
顔面蒼白となる教祖。
「オホホホ、さぁーて、天使の御加護はまだ続いているかしら」
エルフは意地悪な表情で教祖に問いかけた。
すると、教祖は俊足で地面に覆い被さり土下座をした。
「な、何卒、何卒お許しをぉぉぉ~、何卒ぉぉぉ~」
それから、「何卒ぉぉぉ~」と「お許しをぉぉぉ~」というセリフが何回闘技場で響いたことか。
哀れ、天冥真理教クロス・フィンガー教祖は、命乞いから敗北宣言に切り替え、負けを認めた。
魔導剣士ミラージュ、第二回戦進出!
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20.8 天冥真理教祖クロス・フィンガー
天冥真理教は、『全ての生物には、己自身の生死の時期を決める権利がある』もしくは『この世に生を授かった生き物にとって、苦痛から解放されるために自ら命を絶つというのは、誤った行為ではない』という思想を宗教理念としている。
その天冥真理教の創始者こそ、クロス・フィンガー教祖——本名不明——なのだ。
彼は並行世界の地球に在住する還暦手前のおじさん。
その思想は狂人的ではあるが、超能力とか異能とかもなければ、世界征服とかいう思想もいっさいない。私利私欲を満たすためのカルト宗教家でもなく、ただただ自分の信じる教えを説いているだけにすぎないのだ。
また、教祖は戦士でもない。
彼の戦術は天使と死神を召喚するだけのことだが、痛いのは苦手なので勝ち上がっていくという気概はあまりない。正確には、布教活動に役立つなどと大会運営にそそのかされて参加させられているというのが実体だ。
天冥真理教の教えでよく耳にする、『穏やかな生を求めるならば天使の御加護を求めなさい。穏やかな死を求めるならば死神の御慈悲を求めなさい』という謳い文句がある。
一方、教祖はそうとも知らず、天使の召喚アイテム『十字架杖』と死神の召喚アイテム『ドクロ水晶球』を所有していた。どこで入手したのか詳細は不明だが、その二つのアイテムを天冥真理教のシンボルにしている。
宗教の教えと特殊アイテムの隠された能力が一致し、教祖は意図せずして、世界で唯一の天使&死神召喚者になったのだ。これは単なる偶然が起こした奇跡の力に等しい。
そういう意味で、彼は『オカルト教祖』——神秘的な、超自然的な教祖——と呼ばれることもある。
天冥真理教も教祖の存在も、彼の世界においてあまり知られていないが、安楽死を求める信者は多いという。
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数ある作品群から選んでいただき、そして継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
誠に図々しいお願いとなりますが、お手間でなければ、ポイント評価をお願い申し上げます。
どうも有難うございました。