第二十章 教祖VSエルフ その2
20.4 教祖VSエルフ 観戦模様その一 アラトの部屋
アラトは生唾を飲んでいた。もとい、固唾を呑んでいた。絶対に義理子先輩に悟られてはならない。
エルフが剣術を披露するたび、黒いワンピースの上半身が縦横無尽に踊るのだ。なんというボリューム感、なんという重量感。アラトが何を話題にしているのか、義理子先輩に決して悟られるわけにいかない。
(絶対に負けられない戦いが、そこにはある!)
などと、妙に胸が熱くなるアラトだった。
§ § §
20.5 教祖VSエルフ 試合模様その二 エルフ側
「ホホホホホ、続けますかな」
「ふん、降参などありえん!」
「そうですか、仕方ありますまい。ならば、余も最後の手段を使わざるを得ませんな」
エルフは教祖の言う『最後の手段』を怪訝に感じた。
(天使以外にも、まだあるのか?)
教祖はおもむろに懐から大き目の水晶玉を取り出した。直径15cmほどの水晶玉にはドクロの模様が彫刻されている。それを左手に、十字架杖を右手に持ち、なにやら呪文らしき言葉を唱え始めた。
「ふん、こちらとて、手はまだある!」
魔剣に続くエルフの第二の武器が金色の腕輪だ。
金の腕輪はディメンションリング。
名称のとおり、エルフが所有する空間魔法具だ。リングは全部で八つ。左右の手首に三つずつ腕輪として着用しており、残る二つは魔剣ディメンションスネークソードに内蔵されている。
そして、ディメンションリングの大きさを変幻自在に拡大縮小できる。
その一つ目の空間魔法は、『空間接続魔法』。
二つのリング内面同士を異空間でつなげるワープゲートを生成し、瞬間移動を可能にする。
ワープゲートと言っても、リング内面同士は完全に直結しているので異空間を通過する時間は存在しない。身体サイズに合わせて直径を拡大しリングをくぐれば、もう一方のリングから時間差なく出てくる理屈だ。
瞬間移動距離に制限は無いが、出口となるリングが移動先に存在しないと成立しない魔法であるため、使いにくさもある。
二つ目の空間魔法は『幽閉空間生成魔法』。
エルフだけが利用できる固有の幽閉空間を生成する。
リング内面が幽閉空間の出入り口となり、リング一つで生成可能。幽閉空間は非常に狭く、奥行きは100mもない。物体の持ち運びにも重宝する。
三つ目の空間魔法は『空間入替魔法』
二つのリングを別々に配置、それぞれのリングを土台として、球状の制御空間を生成すると、その二つの球状空間を相互に入れ替えることができる。
球状空間の大きさは自由に設定可能だが、入れ替え可能な大きさはせいぜい直径2mが限界。
ディメンションリングを魔法で浮遊させ、空中に固定可能。かつ、エルフの思考で手元に戻すこともできるのだ。
エルフは右手で魔剣を握っている。
左手に着けてあったディメンションリングが手首より一回り大きくなり、浮遊しながら手を離れると、さらに直径40cmほどに大きくなった。
『幽閉空間生成魔法』で固有空間を生成し、握っていた魔剣をまるでリング内に収納するように入れ込む。剣の鞘代わりだ。
左手側のリング同様、右手のディメンションリング一つを直径40cmほどに大きくする。右手で浮遊するリングを一つ掴んだ。
エルフの狙いは『空間入替魔法』。
リングが生み出す球状空間の入れ替えを実行すると、球体の内側と外側は無条件で分断され、どんなに硬いものでも球形状に抉りとることができる。
ディメンションスネークソードの空間切断のように、有無を言わせず実行可能な必殺魔法だ。
リングが生成する球状空間は、リングそのものの直径が40cmであっても、それより大きい直径2mの球状空間にすることができる。見た目としては、リングが球状空間の土台となっている様相だ。
エルフは右手のリングを教祖の足元へと投げる。そして、手元で浮遊するリングと教祖の足元へ投じたリングで、同時に球状空間を作ろうと空間魔法を行使した。
「ふん、これも防げるか?」
と、その刹那。
教祖の足元で徐々に拡大していく球状空間が、まるで教祖の身体を避けるように移動しながら大きくなっていく。
空間入替を実行する前の球状空間は、透明なシャボン玉が膨らんでいくイメージ。そのシャボン玉が教祖の肉体を捉えていなければ、『空間入替魔法』を実行しても完全に無意味。
「なんということだ……。天使の御加護とやらが、オレ様の魔法を拒んでいる」
エルフは狼狽した。こんなことはかつて起きたことがない。
シャボン玉のように膨らむ球状空間は、球体の内側と外側の境界線に物体が存在していても、関係なく球体として成立するのだ。だからこそ空間入替を実行した時、対象にダメージを与えることができる。
「お嬢さん、そろそろ退避された方がよろしいですぞ。もしくは棄権されるか。でなければ大変なことに」
呪文らしき詠唱が終わっている教祖が、エルフを見て警告してきた。
左手に持つドクロ水晶玉を前に掲げると、教祖の背後に暗黒の渦が出現、その渦が徐々に人影を形成していく。人影はやがて真っ黒いローブとマントに身を包んだドクロ顔の死神へと変貌した。
頭部はフードに覆われた人間の頭蓋骨そのもの、身長を超える巨大な鎌を片手に携え、誰もがイメージするであろう、あの死神だ。
「ホホホホホ、これが天冥真理教二つ目の極意ですぞ、美しきお嬢さん。
さて、これもご縁ですからお教えしましょう。死神の大鎌に触れられると、一瞬で魂を奪われますよ。すぐに逃げたほうがよろしい」
死神の禍々《まがまが》しい存在感は圧倒的。その体から発散している冷気は、魂をも凍てつかせてしまうと本能がその接近を拒絶する。まさしく死の象徴そのもの。
さすがのエルフも、真正面から対峙しようとは考えない。
「くっ」
エルフは空間入替魔法を中断。教祖の足元にあるリングを呼び寄せ回収し、そのまま思い切り後方へと投じた。
左手側に浮いているリング内に身を投じると、後方へ投げ飛ばしたリングから身を這い出した。
『空間接続魔法』で瞬間移動したのだ。
死神は教祖から何かの指示を受けているのか。おそらく、教祖に敵対する者全てを襲う理屈なのだろう。
「おや、お嬢さんの魔法はすごい。アッという間にあんなところまで。まぁ、焦らずとも、ここの会場は狭いですしねぇ」
浮遊する死神はゆっくりと、そして確実にエルフとの距離を縮めてくる。天使と同じくアストラル体で、斬り殺すことは不可能であろう。
なるほど、とエルフは思った。
(天使が守り、死神が攻撃。本人は高みの見物。こんな大会に出場するおっさんがどんな奴かと思えば……、確かに無敵のコンビネーション)
距離を稼いでいるエルフは冷静になり、打開策を考える。
死神の存在が脅威であっても、ただ大鎌にさえ触れられなければ負けることはない。であれば、中年のおっさんと長期戦の我慢比べという手立てもあるが、それではエルフもおもしろくない。
「オレ様はエルフ族最強の戦士、降参などありえん! 空間魔法の使い手として、必ずや打ち破る!」
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