第十三章 アラトを選んだ理由 その2
13.1 アラトを選んだ理由 後編
アラトは、ぶっきら棒に片手を左右に振った。
「そんなことはありません。わたくしよく知っています。アラトさんが硬式テニスで、ガムシャラに頑張っていたのを」
「僕はシングルスの試合にたくさん出たし、テニス大好きだけど、全然弱いよ」
「はい、中学からの戦績は全て拝見しました。地元のトーナメント大会ですが。ずっとテニスを諦めていません」
「そうだよ。10年間続けたけど、結局全ての大会で一回戦敗退したもんね。ホント、カッコ悪くて」
「嘘です。去年、初めて三回戦まで進んだじゃないですか」
「うん。10年目の正直って言うのかな。嬉しくて、帰りはこっそり独りで泣いたよ……。恥ずかしいな、もう」
「わたくし、テニスのことはよくわかりません。しかし、アラトさんが一生懸命練習に励んでいたのを知っています。たとえ、試合で勝てなかったとしても」
「うん。一人でオートテニス場通って、バックハンドボレー2,000球とか、できるまで特訓やってた。楽しかった。ハハ」
アラトは当時のことを思い出し、笑いながら潤んだ目をこすった。
「そりゃもう、できないことができるようになるって、最高に嬉しくって楽しいじゃん、わかる?」
「はい。できないことにチャレンジする。できるようになるまで努力する。それがカッコイイのではありませんか?」
「なんだよ、そんなこと言われたら泣きたくなってくるよ。僕は自分が不器用だってよくわかっているから」
「それでいいのです。アラトさんのような人物に、戦闘兵器をテストしてほしいのです。最後まで諦めず、できるようになるまで食らいつく人に」
「でも、死にたくない」
「アラトさん、お忘れですか? わたくしは地球の世紀末覇者ですよ」
「2045年だから、世紀末って呼ばないと思う」
「言葉の綾です。要するに、世界の征服者ですから実力を信じてください。必ずや優勝できるようにサポートします。全面的にバックアップします」
「もう、なんか口車に乗せられているだけのような気がする」
「後悔させません。わたくしの命に代えてお守り致します」
「……」
アラトはアンドロイドの必死さに心を揺さぶられていた。
「もひとつきいてみるけどさ」
「はい」
「ギリコってよくアンドロイド製造技術で耳にする『ロボット工学三原則』の対象なの? なんだっけ、人間殺せないとかかんとか」
「はい。コンピュータの自我が目覚めて、世紀末覇者が創造したアンドロイドですから、そんなものは搭載されていません」
「てことは……」
「いつでもどこでも、人間を屠ることができます!」
ギリコは涼やかな表情で、自分の首をかっ切るボディランゲージをした。
「そ、そうなんだ……。もしかして、ギリコって未来から僕を暗殺するためにやって来たとか?」
「違います」
「腕にビーム砲が仕込んであるとか、誰にでも変装できるとかでもないよね?」
「いったい何の話でしょうか?」
「いや、こちらの話です。忘れてください……」
続けて、コホン、とその場を仕切り直す。
「えーと、取りあえず事情はよくわかったし、前向きに検討します。
で、そもそも、その戦闘兵器ってのどうなってるわけ? それを試さないと話にならないよね」
「理にかなっていますわ。ちょうど明日入荷する予定です。明日、試してください」
「うん、わかった」
安堵の溜息を漏らすアンドロイド。
妙に人間ぽいなとアラトは思った。本心なのか、演技なのか、これもディープラーニングで学んだ『人間らしさ』なのだろうか。
「ちなみに、あの庭園にあるドアから帰れるわけ? ほんのちょっとでも。1時間とか」
「庭園に置いてあるドアは、どこにでもあるドアですよ」
「そういう名称のテレポートゲートとかなんだよね?」
「いえ、文字通り、単なるドアです。どこにでもある」
「えっ? あれでこっちの世界に来たんだよね?」
「いえ、この世界に来るゲートは別に存在します」
「へっ?」
「こちらの世界に来る時、一緒に入ったビル5階のオフィスを覚えていますか?」
「うん」
「アラトさんがドアを開けた瞬間、麻酔銃を撃って、一時的に失神していただきました。その隙にこちらの世界に跳躍するゲートまでこっそり運び出し、ゲートをくぐったあとに目を覚ますよう細工したのです」
「じゃ、あのドアは、全くの偽物?」
「偽物ではなく、どこにでもあるドアです」
「ま、まいったぁ~」
アラトはヘロヘロと溶けるように、身体を床に沈めていった。
§ § §
13.2 大会七日目の朝 アラトの部屋
翌朝。
ギリコが以前のようにアラトを起こしにやって来た。
アラトはこの人型ロボットを信用していいのだろうか、と自問自答する。
納得できていないことはたくさんあるし逃げ出したい。有効かどうかもわからない契約書も、本音を言うと真に受けるつもりはない。
じゃ、なぜここに留まる気でいるのか、あるいは、必死になって逃げだそうとしないのか。モンスター相手に本気で戦う気でいるのか。実はアラトにもわかっていない。
唯一わかっていること、それは自称世紀末覇者の超絶美人アンドロイドに興味を抱いている、ということ。
彼女が美人だから? もちろんだ。単純に男のサガと言ってもいい。見た目がおっさんだったら、SF映画に登場する無機質な外観の金属製ロボットだったら、全身全霊で全速力で逃避行していたことだろう。
そして彼女がこの先、アラトをもっとワクワクさせる、ドキドキさせる、キュンキュンさせる、そんな予感がしてならない。何一つ確証は無いのだが。
そんなわけで、とっくに起きていたアラトだがギリコの姿を見て安堵する。仲直りしたんだなと。
対戦表を見て本日の対戦内容を確認するアラト。
「えっと、忍者対幽霊? 幽霊って存在するんだね」
「先日いろんな質問をされた時も答えましたが、対戦表に書いてあるのですから存在するのではないですか」
「さすが義理子先輩、天才ですね」
「あら、そんな、面映ゆいですわ」
「いや、褒めてないし」
「それは矛盾しますわ。天才は褒め言葉です」
「いや、まぁ、そうだけど……。じゃ、天才ってことで」
「面映ゆいですわ」
「ちなみに、あの煩い解説、なしでもいいですか?」
「はい、お任せいたします」
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どうも有難うございました。