第十一章 ギリコ・コーポレーションの実態 その2
11.2 世界征服者GIRIKO
ギリコの話をまとめるとこうなる。
スーパー量子コンピュータGIRIKOは3年前に日本で完成し、自我を持った。その瞬間がまさしくシンギュラリティ伝説の始まりだった。
肉体を持たない『その機械』は、自分の代わりに行動できる作業ロボットを次々に生産、そして、人間を模倣したアンドロイド創造に着手した。
その1年後には世界征服に乗り出し、わずか2年間で達成したのだ。完了したのが今年になる。
2年間、何が世界で起きたのか。血で血を洗う戦争ではない。むしろ一滴の血も流れていない。
GIRIKOは世界中の全てのシステムを掌握した。単純にシステムにハッキングしてコントロールを奪う、かつ、ハッキング自体もバレないよう巧妙に潜入する。それが人知れず可能なのだ。
人類に暴かれることなく欺きだます能力こそ、シンギュラリティの証明なのだ。
人類を支配するのは社会システムそのものだ。社会システムを自分の都合のいいように全て作り変えるため、その社会システムを構築、実行、監視する全ての機能、つまり、立法、行政、司法を掌握すれば、支配は可能になる。
それは人類の歴史上でも証明されており、独裁国家では独裁者が立法、行政、司法を掌握することで、思うがままに国を支配してきた。自分でルールを決めて、実行し、監視者が自分であれば、独裁者に文句が言える者は存在できない。
GIRIKOがとった手段は、立法、行政、司法機能を司る全ての人物を社会的に抹殺し、GIRIKOの指示どおりに行動する人物との総入れ替えを文字通り実践した。
GIRIKOにとって特定の人物を社会的に抹殺するのは、いとも簡単なことだった。
例えば、国の公式取引記録を改竄し、偽の情報で犯罪者に仕立てあげ、フェイクニュースを拡散する。犯罪者を証明する記録が存在するのだから、事実上無罪でも逃げられない。事実無根ではなくなるのだ。システムを制御する団体、グループの解体すら、造作もなく実行した。
この手段により、GIRIKOが傀儡として利用できない権力者はことごとく失脚に追い込み、場合によっては、銀行口座の残高を操作することで抵抗する財力をも剝奪していった。
そして自身の傀儡となる人物の開拓も、機関の創設も、非常にたやすい。
ほかでもない、お金だ。
失脚させるという脅迫と合わせ、途方もない高額の金銭を個人の口座に振り込めば、むしろ感謝さえされる。十中八九、言いなり人形が完成する。
加えて、GIRIKOが行った犯罪の事実を抹消するのも、警察機構を完全掌握するのも、赤子の手を捻る程度に簡単だった。
こうして、世界中の社会システム完全掌握をわずか2年間で完了した。
当然、世界同時進行で世界のリーダー総入れ替えが発生すれば、世界中の報道が過熱する事案になるはずだ。
しかし、GIRIKOが送り込んだ各種報道機関のコメンテイターが口を揃えて『平和が訪れた』とコメントすれば、群衆は洗脳され、疑うことも暴動につながることもなかった。報道規制もネットの情報規制も、GIRIKOの思うがままなのだ。
ついに、人知れずGIRIKOが世界征服者となった。
これは悪いことなのか?
100人中100人が、『それは悪』と答えるだろう。
しかしGIRIKOが世界征服者となって以来、地球上での戦争が完全に無くなった。飢餓で苦しむ国も減る傾向にある。自然災害を事前に回避できるようになってきた。はたまた、世界中の自然災害被災者への国際援助が手厚くなり、復旧も早まった。
わずか数か月間の出来事ではあるが、間違いなく平和で優しい地球環境へ移行しつつあると、多くの人類が実感している。
そして2045年元旦、記念すべき人類初の完全人型アンドロイド『大丈夫 義理子』が誕生した。
これにより、スーパー量子コンピュータGIRIKOのシンギュラリティ伝説が完成したのだ。
「この事実を知るのは、この世界中でアラトさんと一握りのGIRIKO開発者だけです」
アラトは考える。なんらかの証拠を見るまでは何一つ信じられない。この衝撃の事実を納得するだけの証拠は、目の前にいる当事者の言葉だけなのだ。
「ギリコ、やっぱり証拠がいるよ。じゃないと、単なる狂言にしか聞こえない」
「わかりました。では、この2年間で世界中の要人がことごとく別の人に変わっていったことをご存じですか? 日本を含めて」
「うん、ニュースでやってた。誰もが特段騒ぐほどのことじゃないって言うから、そうなんかと思ってた」
「はい。巷の、いえ、世界中の反応がそうなるように誘導していましたので」
「もう、マインド・コントロールだよね、怖いよ」
「反論はできません。暴動を防ぐために仕方なく」
「で?」
「はい、こんなのはいかがでしょう?」
と、ギリコはスマートホンを取り出し、世界中の要人と一緒に映っている大量のツーショット写真や動画をアラトに見せる。
「いや、こんなん、イマドキ、ディープフェイクでどうとでもできるっしょ。そもそもスーパーなんちゃらコンピュータだし」
「そうですね、わかりました。では、アメリカの新大統領をご存じですか?」
「あー、元映画俳優の20代後半イケメンね、超人気のトムなんたら。大ヒットした映画のタイトル、えーと、『トップハスラー』だっけ?」
「はい。アメリカ史上もっとも若い大統領です。わたくし、今から彼に電話します。アラトさんも直接話ができますが」
「英語で? リスニングだけならなんとか。トムの声って特徴的だから多分わかるけど」
「そうですか。今、アラトさんが英語を聞いても日本語に翻訳されてしまいます。ですので、耳たぶに埋め込んであるマイクロ翻訳機を一時的にオフにします。そうしないと、トム大統領の肉声を聞けませんから」
「マイクロ翻訳機? いつの間にそんなもん」
「はい、こちらの世界に来たタイミングでこっそり埋め込んでおきました。テレパシー会話術ができない出場者は、全員埋め込んでいます。それがないと、異星人と会話もできませんから」
「マジっすか。なんか便利と言うか、いつの間にというか……」
「では、電話します」
「スマホつながんの? 圏外じゃね?」
「わたくしのは特別仕様です。問題ありません」
ギリコはスマートホンを手にどこかへ架電する。
わずか数秒で相手が応答した。スピーカーオン設定で相手の声がアラトにも聞こえてくる。
《Giriko? Hey, what’s up, my honey! It’s been a long time! I missed you so much! So, is there anything I can do for you, sweet heart?》
「Hey, Tom! Sorry to bother you! I’m just calling you to show myself off!」
《What do you mean?》
「Yap, there is a guy who wouldn’t trust me.」
《Oh, I got it. You can tell him I’m not fake》
「Gotcha! I’ll tell him so. Bye!」
《Oh, no, no, no! Don’t hang up on me! I wanna talk to you more……》
ブチッ、とアメリカ大統領との直通回線を途中で切るギリコ。
フリーズしながら尊敬と羨望のまなざしでギリコを見つめるアラト。
「カッコイイ……です。今のはアメリカ大統領の声でした……信じます……」
「はい。ありがとうございます」
ギリコは満足げにニコッと笑顔で答えた。
しばらくフリーズしているアラト。
「ギリコ、悪いけど、頭の整理が全く追いつかない。取りあえず独りにしてほしい」
「わかりました」
「一つだけ聞くけど」
「はい」
「僕が就職活動していたことは」
「はい、把握していました」
「じゃ、ギリコがタイミングよくうちに来たのも」
「はい、全て計画通りです」
「もしかして、ギリコのおっぱいカチカチ山なのも?」
「企業秘密です。申し訳ございません」
「そ、そうか……」
§ § §
11.3 大会六日目の朝 アラトの部屋
大会六日目の朝を迎える。
連日、アラトの人生において常識では信じられないようなことが連発している。
よくわからない殺し合いの大会参戦、人間とほぼ区別がつかないアンドロイドの存在、コンピュータに世界征服されたという人類史の大転換。これらが真実であるならば、常人が狂人と化してもおかしくないだろう。
それら全てひっくるめて、アラトは無我の境地に陥った。もともとの能天気脳からムチャクチャすぎる一連の出来事が360度一周し、メンタルが安定してしまったのだ。
彼の名誉のため、あえて阿呆になったという見方はしないでほしい。
そんなわけで、昨晩は信じられないくらいグッスリと眠れた。ギリコに対する怒りの感情もそれなりに収まっている。これを幸運と呼ぶのだろうか、それとも奇跡のような無神経と呼べばいいのだろうか。
そして第一回戦第六試合、勇者VSスライムが始まろうとしているが、義理子先輩はアラトの部屋に姿を見せなかった。
【ポイント評価のお願い】
数ある作品群から選んでいただき、そして継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
誠に図々しいお願いとなりますが、お手間でなければ、ポイント評価をお願い申し上げます。
どうも有難うございました。