第十章 帝王VS悪魔 その2
10.4 帝王VS悪魔 悪魔界
悪魔クロノスサタンの霊魂は、悪魔界に戻ってきた。
混沌とした漆黒の闇。非物質界に存在する悪魔の真の姿を言い表すことはできない。
悪魔の存在を真の意味で消滅できるのは、神界の神族が放つ神霊術のみだ。よって、物質界で死すれば悪魔界に戻ってくるという現象に矛盾はない。
非物質界の悪魔が人間——そもそも死亡直後の死者の肉体だが——に憑依し、物質界に顕現化した姿を魔人と呼ぶ。
魔人は確かに死んだ。正確には、悪魔の魂が人間の肉体と切り離されたというべきか。帝王が放った魔宝玉の霊魂消滅魔法によって。
魔宝玉『七つの大罪』の最凶たる悪魔術は、この霊魂消滅魔法だ。視界に捉えた全ての敵を、ただ敵と認識するだけで死滅させることができる。
死体は物質として残るので霊魂だけが消滅するが、その数に上限は無い。万を超えようが、臆を超えようが全員まとめて一瞬で殲滅できてしまう。
視界に収めた敵を一気に排除できるのだから、戦争においてこれだけで銀河を支配できてしまうのは自明の理。実際、ガリュウザはそうやって銀河の帝王という座に就いた。まさに銀河を統べるにふさわしい最凶魔術。
もちろん、ガリュウザが支配している銀河は、アラトが平和に過ごしている銀河から見れば並行世界——パラレルワールド——という関係にある。
「やはり、ガリュウザが魔宝玉を所持していたわけですね。魔人たるこのわたしの肉体ですら死に追いやる驚異的な魔力。たしかに物質界に存在してはならない危険な代物。
上級悪魔からあれを回収してこいと命令されるのも、頷ける」
悪魔であるクロノスサタンは、魔宝玉の存在を知っていたどころか、その回収を上級悪魔に命令され、今回の大会に参加していたのだ。
突如、クロノスサタンは違和感を覚えた。悪魔界に引き戻された時とは全く逆の感覚。悪魔の霊魂が物質世界に呼び戻されようとしている。
「これは! あやつめ、『死者蘇生魔法』を使ったな!」
死者蘇生魔法とは、魔宝玉の霊魂消滅魔法によって消滅させた霊魂を呼び戻し、死者を蘇生させる魔法なのだ。
当然、魔法実行のためには魔宝玉と七つの異なる詠唱が必要である。そして、呼び戻せるのは魔宝玉を使って消滅させた霊魂に限定されるうえ、霊魂消滅後から10時間以内でなければ蘇生を成功させることはできない。
元の闘技場で意識を取り戻すクロノスサタン。
正確には、悪魔界から悪魔の霊魂が舞い戻り、クロノスサタンの肉体に再び憑依したのだ。強制的に。
§ § §
10.5 帝王VS悪魔 試合模様その二 帝王側
帝王ガリュウザの眼前で、床に倒れ込んでいた貴族風の悪魔——本来は魔人と呼ぶのが正当であるが、本人のこだわりにより悪魔と称する——は身を起こし立ち上がった。
「帝王ガリュウザ、『死者蘇生魔法』を使いましたな」
「ふん、知っておったか。魔宝玉については詳しいとみえる。ならば、説明はいるまい」
「わたしも悪魔の端くれでね」
「これでわかったか! 我に逆らえば、一瞬で殺すことができる」
「そのようですな。して、わたしを生き返らせて、いったいどうするおつもりですかな?」
「取引してやる。我の下僕となれ! さすれば命を助けてやろう。フフ、貴様に選択肢はないと思うがな」
「さすがは銀河を制した男、言うことが大胆ですな。もし断れば?」
「聞くまでもなかろう。もう一度死ぬか?」
「そうですか。しかしそれは少々身勝手と思いますな」
口髭を整えるように触りつつ、挑発的な態度の悪魔。
「ならば、死ね!」
傀儡の束縛魔法の呪文を唱える帝王。
「「「「「「マリオネット・バインド!」」」」」」
パァン、と1クラップ。
「なるほど。消滅魔法の呪文詠唱は長いですからな。およそ2分間も黙っている敵はいない。傀儡の束縛魔法で攻撃を封じれば、時間を気にしなくてもすむ、というわけですな」
「バカなっ!」
金縛りになっていない悪魔を、驚愕の目で見る帝王。
『マリオネット・バインド』の呪文詠唱はおよそ2秒。一瞬だ。
いったい、何が起きたのか。
「おや、お気づきにならない。詠唱は七つの口で同時にしなければならないとおっしゃいましたな」
帝王は、ふと気づいたように自身の腹部に目をやる。
ベルト部分にある鬼面の口の中に、小さな六角柱状水晶が差し込まれていた。つまり、一人分の詠唱が成功しなかったことを意味する。
「なぜだ!」
訝しげに水晶を取り除くと、再びマリオネット・バインドの呪文を唱え1クラップ。
結果は同じ。ニヤニヤとほくそ笑む悪魔。
今度は、右膝の鬼面の口に六角柱状水晶が差し込まれていた。
「いけませんな、こんな脳筋帝王に銀河が支配されるとは、世も末ですな」
「うぬぅ~、貴様! いったい何を、瞬間移動か!」
帝王ガリュウザは、最初の攻撃でパンチを躱された時から、怪訝に思っていたことがある。悪魔の浮遊速度が非常にのろいにもかかわらず、なぜ、ことごとく攻撃を避けられてしまうか。
そして、攻撃が回避されるたび悪魔の額に三つめの瞳、魔眼が見開いたような印象があるのだ。闘気光線を躱し瞬間移動した時も、額の魔眼が一瞬見開いて、気づく前にはもう閉じられているかの幻覚。そして、今も。
「貴様ぁ~、時を操る能力か!?」
「ホホホ、ようやく気づかれましたか。しかし、もう手遅れですな」
「貴様が時を止める能力を有するなら、とっくに我は死んでいるはず。なぜ殺さん!?」
「時を止める能力は、少々使い辛いのですよ。説明してもよろしいですかな」
無言の帝王ガリュウザ。しかし、焦燥感を隠しきれない。
一方の悪魔は姿勢よく右手を背中に回し胸を張る。偉そうに講義でも始めそうな態度で語り出す。
「時が止まっている世界では、わたし自身と身に着けたものを除いて全ての物質は動かない、破壊もできない。運動エネルギーが完全に停止していますのでね。実に物理法則はやっかいです。
つまり、あなたに傷一つ付けられない理屈なのですよ。釘1本打ち込むことすら不可能なんですね。カチカチの肉体に。
唯一、わたしができることは、空気の中を少し移動するだけ。しかも、移動した空間はわたしの身体が空気を押しのけ真空となりますからな、時間停止を解除した瞬間が面倒でしてね。真空に空気が流れ込み、気流が変に荒れますから。
そういった訳で、移動距離も抑えないといけないわけです」
帝王は逆転の糸口を掴むため、無言で聞いている。
「わたしにとって、時を止めるのはたいして苦ではない。
永遠に止めたところで、肉体が老いて滅ぶのはわたしだけとなってしまいますからな、この上なく無意味。
おまけに、5分以上停止させると、拝借している生身の身体が窒息死しますのでね。わたし自身、息苦しいのも嫌というわけです」
口角を豪快に上げ、勝機を掴んだかのようにいきなり襲い掛かる帝王。
「なるほど、よくわかった!」
帝王は、背中側に隠しケープで見えないようにしていた巨斧を取り出し、悪魔に斬りつける。
案の定、時間停止で避ける悪魔。後方へ瞬間移動し距離をとる。
帝王が手に握る巨斧を見て、悪魔がニヤリとした。
「やはりお持ちでしたか、その『刀剣破壊斧』。物質界に存在するありとあらゆる伝説的な武器を破壊できる、魔宝玉に付属する唯一の秘宝。それも探していたのですよ」
猛ダッシュで追撃する帝王。繰り返し時間停止で距離を稼ぐ悪魔。
帝王は策を練っていた。
たった2秒でいい。マリオネット・バインドが決まりさえすれば、時を止められたとしても必ず勝てるのは実証済み。いや、恐らくは、時を止めるための魔眼を見開けないはず。
帝王としては、距離がいくら離れようとも束縛対象が視界内に収まっていればいい。悪魔側は距離が離れすぎてしまうと、呪文詠唱の邪魔が困難になってしまう。
巨斧での追撃を止め闘気光弾を連射すると、逃避する悪魔との距離が十分に離れた。
「ハハハハハハ、バカめぇ! すぐに殺してくれる!」
1クラップするために巨斧を地面に突き刺し、手放す帝王。
「「「「「「マリオネット・バインド!」」」」」」
パァン、と1クラップ。がしかし、同じ結果だった。
左腕の鬼面の口に六角柱状水晶。
「なにっ!」
左腕を見た瞬間、『刀剣破壊斧』を手にした悪魔が真正面に出現する。
「貴様ぁ!」
再び姿を消す悪魔。間違いなく連続時間停止。
「どこだ!?」
首を左右に振り、咄嗟に周囲を確認する。真後ろに悪魔が立っていると気づく帝王。悪魔はいつの間にかケープ越しに帝王に触れていた。
「ようやく決着ですな」
帝王は悪魔の吐いたセリフを聞き取れなかった。あまりにも早口だったのだ。
「今しばらくお待ちください。わたし自身を正常に戻しますので」
これも早口だった。
帝王側からは、目の前に移動してきた悪魔の挙動が、早送りの映像を見ているかのように高速動作に見える。全く追いつけない。
いや、そうではない。自身の動きがビデオのスロー再生のように、ゆっくりでないと動けないことに気づく。
悪魔が早すぎるのか、自分が遅すぎるのか、もはや判断もできない。頭の中の思考すらも非常に遅く感じ始めた。
唐突に、自分の首が巨斧によって斬りつけられていることに気づく。しかし、抵抗しようとする肉体があまりにも遅すぎて、逃げられない。手も足も首も眼球すらも遅すぎて、思考はほとんど停止していた。
ただただ、ゆっくりと切断される首から伝わる痛みだけが、帝王の感覚を支配した。
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