第七章 義理子先輩のテスト
7.1 義理子先輩のテスト
第三試合終了後、アラトは身体をソファーに深く沈め、顔面蒼白になっていた。
モニター越しとはいえ、核兵器使用という信じられない事実、壮絶なその破壊力、全ての生命を消滅させる凄惨さを目の当たりにするだけでも、精神的ダメージを言い尽くせない。
ソファーに座ったまま廃人にように身動きしないアラトの真正面に義理子先輩がしゃがみ込み、下から顔をのぞき込んだ。
「大丈夫ですか、新人さん」
彼女と視線が合い、ピクッとわずかに反応するアラト。
義理子先輩がアラトの両手を掴み上下に重ねて一つにすると、さらに彼女の両手が優しく包み込むように挟み込んだ。柔らかく細い女性の手、暖かい、温もりを感じる。
「新人さん。わたくしが最後までサポートしますから、ご安心ください」
アラトは義理子先輩の顔を見つめ、彼女の優しい囁きに驚く。その驚いた自分に気づき、いっそう驚いた。少し気恥ずかしくなって目線を落とす。
「わたくし部屋にいますので、何か用事があればご連絡ください」
「……はい、わかりました……」
ボソボソと言葉を返した。
義理子先輩はそのままアラトの部屋を出ていく。
独り残されたアラト。長い時間、部屋の中は静まり返る。
絶望と希望、後退と前進、屈服と抵抗、相反する考えが脳内を駆け巡り1時間ほど経過しただろうか。アラトはスッとソファーから立ち上がった。
「このまんまじゃ、昨日と何も変わんない! あんな地獄に身を投じたくないなら、今、シャキッとして行動しないと!」
アラトは昨晩から準備した物を手にし、義理子先輩の部屋の前に来た。インターホンを鳴らすと先輩が応じ、中に入る。昨日と同じソファーに座って向き合った。
「新人さん、元気になられましたか?」
「はい!」
元気のいい返答をすると、彼女はニコッと微笑む。
「それで、何かご用件ですか?」
「はい、先輩に色々質問があります」
「わかりました。どういったことでしょう」
アラトは自分の部屋に設置してあったメモ用紙とペンを手にしている。昨日書き留めた質問事項を読み上げ始めた。
「先輩はゴキブリ平気ですか?」
「実際に目にしたことはありませんが、おそらく平気です」
「映画とか見て泣いたことありますか? あったらタイトルを教えてください」
「泣いたことはありません。あの、これって何ですか? わたくしが新人さんの妻としてふさわしいかどうかテストしているのですか?」
アラトは一瞬フリーズしてしまった。
これらの質問は彼女がアンドロイドなのかそうでないのかを判断するための材料。決して、妻にしたいとかそういう意味ではない。
変に疑われないための言い訳を考えていなかったので、アラトは、ヤベッ、と思ってしまった。
「そ、そのとおりです! 妻といいますか、恋人としてですけど」
アラトは赤面しながら天井を見上げた。さすがに恥ずかしい。
「わかりました。では次の質問どうぞ」
「へっ? いいんですか? 続けても」
「はい、どうぞ」
無表情に返事するギリコ先輩。
なんだか天然ぽい彼女のキャラクター性に不思議と好感を抱き始め、ますます頬を赤らめた。
「では……。えー、幽霊の存在を信じますか?」
「対戦表の出場者に『幽霊』という記載がありましたので、存在するのではないですか?」
「なるほど。では、魂の存在と死後の世界の存在を信じますか?」
「幽霊が存在するのであれば、両方とも存在すると仮説が立てられますが、確固たる証拠はなく純粋にデータ不足です」
「わ、わかりました……。で、では、チャットボットAIとやりとりした時、AIがハルシネーションを起こしてイラついたことはありますか?」
「わたくしの知る限り、全てのAIはわたくしの頭脳に劣ります。ですので、チャットボットAIを利用することはありません」
「最後に、ロボットは意図的に人間に嘘をつくことができると思いますか?」
「意図的に偽の情報を伝達するアルゴリズムを構築していれば、それは可能です」
「先輩は?」
「わたくしは必要に応じて嘘もつきます。人間皆そうではないですか?」
「えーと、同感です」
「これでよろしいですか、新人さん」
「はい。ありがとうございました」
「それで、判定はどちらなのですか?」
「はい?」
「わたくしが新人さんの恋人にふさわしいかどうか」
ギョッとして慌てるアラト。
「そ、そ、そ、そりゃ~もう! 義理子先輩はお美しいですし、ぼ、ぼ、ぼ、僕は大好きです!」
「その回答はセクハラになります。人事評価において10点マイナスとなりますのでご容赦ください」
「はい……」
アラトはシュンとした。
この美しい女性相手にたいへん失礼なことはしているのは重々承知のうえ。『義理子先輩はロボットだ』とアラトが疑っていること自体バレバレになったかもしれない。
これでメチャクチャ嫌われてしまうのではないかと危惧する。なんとなく、なんとなくではあるが、彼女に嫌われたくないと思ってしまうアラトだった。
「大丈夫ですよ、新人さん」
「えっ?」
「新人さんを手放すつもりはありませんから。わたくしの、一番の部下として」
義理子先輩は悪戯っぽく微笑んだ。
アラトが不安そうな顔でもしていたのだろうか。彼女の微笑みは、アラトの胸中を全て見透かしているように感じてしまい心拍数が上がる。
(このドキドキって……、吊り橋効果? それとも……)
◆ ◆ ◆
一連の質問を終え、アラトは独り部屋に戻った。
アラトが義理子先輩に質問した内容は、彼が独自に考えたチューリングテストもどきの項目だった。
チューリングテストを端的に説明すると、人間と人工知能にそれぞれ質問をし、その応答内容よりどちらが人間でどちらが人工知能なのかを判定するテストのこと。
人工知能側が機械だとバレなければ、その人工知能の思考がより人間に近いという判定ができるわけだ。本来は文字上のテストに限られるのだが。
まだ確証はない。しかしアラトの推測はある結論に至っている。なんらかの物的証拠がほしいところだが。
「はぁぁぁ~。そうなのか? そういうことかなのか? もしそうなら嫌だなぁ……」
アラトはベッドに寝転び溜息をついた。次なる作戦、最終的な確認をしなくちゃ、と思いながら。
§ § §
7.2 大会四日目の朝 アラトの部屋
この軟禁状態が始まって、早くも4回目の朝を迎える。
アラトは朝7時にパチッと目を覚まし、身体が新しい環境になじんできていることに気づいた。
ガバッと上半身を起こし、両手を上げて伸びをする。
「どっちかって言うと、ここに馴染むより早く帰りたいんだけどなぁ~」
ベッドから這い出ると、壁の隙間に格納され待機状態のお掃除ロボ『リナコ』——アラト命名——が視界に入った。
「リナコ、おはよう」
当然、返事は無い。
昨日の今日で義理子先輩の機嫌が悪かったらどうしよう思いつつ、朝の身支度を始める。といっても、歯磨きして朝食を注文、届いたら食べるだけのことだけど。
午前8時半、義理子先輩が定刻出勤してきた。彼女いわく、この部屋はオフィスという扱いになっている。
先輩に不機嫌という様子もなく、ありきたりな朝のあいさつを済ませて二人とも観戦準備が整った。
「今日の試合は、トレジャーハンター対グレート・スミスだそうです、新人さん」
「わっかりましたぁ! 頑張って観戦します!」
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