第五章 義理子先輩の疑惑 その1
5.1 義理子先輩の疑惑 前編
第二試合決着の後、アラトはしばらくトイレに籠っていたが、正午を過ぎてようやくヨタヨタしながらトイレから出てきた。食欲などまったくわかない。
「新人さん、大丈夫ですか?」
アラトがトイレから出てくるまで、義理子先輩はずっと待っていたようだ。声がするほうを一瞥すると、いつも無表情な先輩が初めて心配そうにアラトを見ている。
アラトは無言で立ち尽くした。正直、返事をする気力すらないのだが、俯きながらか細い声で答える。
「す、すみません、先輩。ちょっと気分悪いです……」
「そうですか。お薬があります。持って来ましょう」
この超絶美人、ブラック企業のノンデリ先輩かと思っていたが、優しい一面もあるようだ。
「あ、いえ、気分的なものですから、横になっていれば落ち着くと思います。お心遣いありがとうございます」
小声でボソボソと答える。
すると、アラトの丸めた背中を、義理子先輩が背後から抱き締めてきた。
「わかりました。早く元気になってくださいね」
義理子先輩の優しい声音がアラトの胸に染み渡る。ギャップ萌えかもしれないが、アラトはちょっとだけキュンとしてしまった。
と感動する場面のはずが、何か変な印象。
「ん?」
あの超絶美人&スタイル抜群先輩が背後から抱擁しているのだが、きつめにギュッとされている。少し痛いくらい。ハグがこんなにヘタな人はちょっと珍しい。
それとこういうラッキーイベントでは、得てして男性側の共通した感想文が語られるのだが、何か妙な違和感がある。
「わたくし、部屋に戻りますがよろしいですか? 新人さん」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、義理子先輩」
義理子先輩は、そのまま静かに部屋を出ていった。
独りになったアラトは、ベッドに横たわって仮眠をとることにした。
◆ ◆ ◆
3時間後、アラトは義理子先輩の部屋の前にいた。
結局眠ることはできず、むしろ自暴自棄に陥っている。そしてあれこれと考えた末、やっぱりこんな決死の大会からはなんとか逃げ出したいと結論づけたのだ。
つまり、義理子先輩と対峙し、どうにかしようと……。
ドアをドンドン叩く。
「せんぱぁーい、ちょっとお話があります! 今、いいですかぁ~」
ドアがガチャと開き、先輩が姿を現す。
「あら、あら、アラトさん。もう着替えは終わっていますよ」
「いや、別に狙ってないですから。もうそろそろご勘弁いただきたいです」
「そうですか。それは残念です」
(どういう意味やねん)
「さぁ、どうぞ、お入りください」
「はい、では、失礼します」
当然ながら先輩の部屋とアラトの部屋は全く同じデザイン。
先輩の案内に従い、お互い向き合うようにソファーに腰かけた。
「新人さん、顔色悪いですが、ご機嫌いかがですか?」
(さっきはメッチャ優しかったのに、なんか警戒してる)
「では、以上でよろしいですか?」
「ちょい、待てぇ~い! まだ、何も言ってません!」
「そうですか。それは残念です」
「……え~とですね、僕、そのっ、もう無理です。勘弁してください」
「以上でよろしいですか?」
「えっ、は、はい……」
「新人さん、いろいろ気にしすぎです。もう、ドラゴンは敗退しましたから、あれと戦うことはないです」
「いや、もっと怖い新種が生まれましたよね」
「あら、そうですわね。新人さん、賢い」
「先輩、そんな無表情で褒められても嬉しくないですよ。それより、ぼかぁ、死にたくないので、もう止めたいです」
「今、会社辞めますと、違約金10億円です」
「はい、ですので、部署を変えていただきたいと」
「我社の部署は、わたくしたちが所属する部署しかないですよ」
「はっ? どんな会社やねん!」
「それに、女子高校生だってがんばって出場しているのに、情けなくないですか、新人さん」
「た、確かに……」
「しかも、新人さんの対戦相手ってメイドさんですよ。チョウヨユウっしょ、とか言ってませんでしたか?」
「いや、メッチャ余裕です、と説明したのは先輩ですけどね」
「いずれにしても、超余裕っしょ。ね!」
と超絶美人先輩は言いつつ、今までに見せたことがないキラキラ乙女の最高レベルスマイルを浮かべた。まるで彼女の背後にたくさんの花が咲いたかのようだ。
「(あっ、カワイイ)
って、違ぁーう! いや、かわいいっちゃかわいいけど、そうでなくてぇー、油断したわ、ホンマ」
「新人さん、忙しいですわね。心の声を漏らしたり、漏らさなかったり」
「ほっとけ! じゃ、な・く・て!」
「新人さん、元気が出て良かったです」
「それもなんだか当たってて、くやしぃ~」
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