第一章 デス・ストーリーは突然に その1
1.1 謎の超絶美人 前編
大学を卒業して、はや一か月。世間はゴールデンウィークに突入した。
アラトの就職活動はうまくいかなかった。AIの発達のせいで、新たに人材を必要とする企業が年々減っている。とどのつまり就職氷河期なのだ。
そのせいもあるが、アラトの場合は能天気に構えすぎていたと親も友人も口を揃えてのたまうのでグゥの音も出ない。
はい、反省してます……。
そして卒業後も就職活動を一人続けなければならないのだ。
学生時代から住んでいる神奈川県内のワンルームアパートで、そのまま独り暮らしを継続している。当然田舎からの仕送りはストップだし、貯金も底を突きそうなので、そろそろアルバイトもしないといけない。
そう思いながら本日も、いつも通りパソコンとにらめっこしながら就職活動をしている。
「ん? なんだ、この会社」
アラトが就職斡旋サイトを閲覧していると、突如、画面端から別ウインドが飛び出してきた。そこには『ギリコ・コーポレーション』と書かれている。
「ん~、なになに……」
その広告ウインドの内容を要約するとこうなる。
・社名:ギリコ・コーポレーション
・資本金:100兆円
・事業内容:アパレル、介護、市場調査、新商品試用テスト、ロケットエンジン開発など
・新入社員募集中
なんとも味気ない工夫もない広告だ。何の会社かまるで想像もつかない。しかし、無職のアラトにとって好き嫌いを言っている余裕はない。
「尾暮新人。ふりがな、お・の・く・れ・あ・ら・と。これでヨシっと。それポチッとな」
取りあえず、住所、氏名、連絡先を入力し、応募ボタンを押しておく。
「ロケットエンジン開発って……。僕の成績でそんなんできたら苦労しないよなぁ~。まぁ、新商品試用テストくらいならなんとか……」
唐突に、ピンポ~ン、ピンポ~ン、と2回のチャイム。
「あれっ、誰だ? こんな昼間に。誰かと約束してたっけ?」
アラトが住むアパートは東急東横線、日吉駅にある某有名私立大学のキャンパスの裏手にある。グリーンを基調とした少しおしゃれなアパートだ。
日吉駅からアパートにたどり着くのに、若者の歩きでおおよそ十五分。比較的静かな住宅街だが、地理的には通りがかりで立ち寄ろうという場所ではない。アラトの友人であっても、約束なしに訪れたりしない。
ちなみに、アラトが通っていたキャンパスはその某有名私立大学ではなく、東京都内にある私立大学なので、誤解のないように。
アラトは床にあぐらをかいたまま、少し訝しく思いながらも大声で返事をする。
「はい、どうぞ、開いてまぁ~す」
ワンルームアパートの玄関ドアがゆっくりと開く。外の光がサァ~と部屋の中を照らすと同時に、上下真っ赤なスーツ姿の女性が逆光で浮かび上がった。
完全にドアが開かれ、中に入ってくる一人の女性。アラトは床に座った状態で首だけ右方向に90度曲げ、口をあんぐりと開けたまま呆然と玄関を見つめる。
(女神? 女神が来た?)
全身赤で統一されたコーディネイトは、ワインレッドのビジネススーツに同色系のネクタイ、そして艶々の茜色ハイヒール。
膝上30センチくらいありそうな超々ミニのタイトスカートからスラッと伸びる色白の長い脚は、なんとも艶めかしい。どうやらストッキングをはかずに素足のようだ。
おそらくブランド物のスーツだろう。身体の凹凸が強調されるフェミニンなデザイン、ジャケットの上からでもウェストの細さを確認できる。
それでいて上品なシルエットに良質な生地、少し偏りすぎのふしもあるが、彼女だから許される着こなしに違いない。
そしてセミロングのサラサラヘアーは、ビジネスシーンで問題にならない程度に染められた艶々のレッドブラウン。
アジア系の顔立ちではあるが東洋と西洋が融合したオーラを放ち、美しさとかわいさが同居するバランスの良い美貌を備える。
やや遠目で判断するが、20歳くらいの女性にも見えるし、23歳になったばかりのアラトよりも年上に見えなくもない。
その落ち着いた立ち振る舞い、洗練された容姿が大人の色気を醸し出している。
アニメやラノベの世界では『意識高い系お姉様ヒロイン』とかかんとかカテゴライズされ、やれ容姿端麗とか似たような意味の四字熟語を三つ四つ並べたあげく、ヒロインを最も美しい存在として描写するだろう。
が、アラトの脳内ではもっと簡潔に、『うぉぉぉ~、なんじゃこりゃぁぁぁ~、メッチャ美人やんけぇぇぇ!』と歓喜している。同時にとんでもない超絶美人が世の中に存在するのだと、生まれて初めて納得させられた。
口が空きっぱなしで涎が垂れそうになりながら、アラトは長いこと熟視した。突然の超絶美人来訪に、しばらく時間が停止したのち、ハッと我に返り慌てる。
「あっ、すみません」
ササッと立ち上がり、ジーンズに黄色いパーカーといういつもの庶民的な格好で玄関へと向かう。何を話そうかと、脳みそフル回転になっている自分に気づく。
「えーと、どちらさまでしょうか?」
とにかく、失礼のないように、落ち着いて、落ち着いて。などと、静かに深呼吸するアラト。
緩く結ばれていた彼女の唇が口角を上げ、うっすら笑みが浮かんだ。
(うっ、女神の微笑みだ)
スッと両手を胸の位置まで上げ、名刺を丁寧に差し出してきた。所作の一つ一つがプロのそれ、社長秘書を彷彿させる。
「わたくし、ギリコ・コーポレーションの大丈夫義理子と申します」
「はぁ……。ん? あれっ、それってさっき……」
受け取った名刺の肩書には、『人事部・人事課・新入社員指導担当』と書かれている。
「尾暮新人さんでよろしいですか?」
「えーと、はいっ、間違いないです。尾暮新人です」
「良かったです、尾暮さん。新入社員の採用枠はあと一人のみです。即採用させていただこうと、早速お伺いさせていただきました」
「えっ、いいの? ホントに? あっ、いや、その、本当によろしいんでしょうか? 大学の成績とか、面接とか」
「はい、大丈夫です」
(やっば、もしも『はい、大丈夫です。苗字が大丈夫だけに』とか続いてたら、絶対断ろうと思ったけど、これなら、大丈夫だろう! 大丈夫だけに。あれっ? まっ、いいか)
この時、いきなり住まいに来るとか、面接せんのんか~いとか、会社名がギリコなのに、この人社長じゃないんだぁとか、そんな疑問も正論も、アラトにとってどうでもよかった。
(だって、とんでもない超絶……、ん?)
アラトはさっきから少し気になっていたが、この超絶美人、確かに見覚えがある。
(たぶん、間違いない)
いまどき流行りの動画生成AIで超有名なAIタレントとそっくりなのだ。
動画サイトやテレビのCM、駅構内の広告モニターとかでも見かける。しかし、それらは全て動画であって、三次元の立体として現実には存在しない。小学生でも知っている。
(じゃ、この目の前にいる女神様はいったい…… あのタレントの名は、え~と……、あー、忘れた)
「すっ、すみません。失礼ですが、どこかで見たことがあるような気がするんですけど、テレビのCMとかに出演されたことありませんか?」
「いえ、ありません。わたくしは大丈夫義理子です」
「すみません! たいへん失礼いたしました!」
一瞬、問答が噛み合っていないような変な違和感を覚えたが、気にせず深々と頭を下げて謝罪の意思を示す。
しかし彼女は表情をほとんど変えない。許してくれたのだろうか。
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