第三章 アラトは能天気 その2
3.2 大会二日目の朝 アラトの部屋
翌朝を迎える。時刻は午前5時、外はまだ暗い。
アラトはなんやかんやで『試合開始と同時に敗北宣言作戦』でいけばいいと独り納得、昨晩はグッスリ眠ることができた。
日本国内で能天気人間コンテストがあれば、間違いなく10本の指に入る強者に違いない。
「ふぁ~、グッスリ寝れた……。散歩にでも行ってこよう……」
シャワーを軽く浴びたあと、行く当てもなく大あくびをしながらプラプラと外に出る。
外の空気は相変わらず程よい気温で過ごしやすい。どこかにあるドデカい空調機が起こしているだろう風も、意外に気持ちいい。
庭園をグルッと一周のんびり歩いていると、ふいに人の声が聞こえてきた。
「あれっ、もしかして人がいる?」
アラトは立ち止まり、相手に気づかれないように聞き耳を立てる。
声といっても話し声でなく、フッ、ハッ、ヤァ、といった類のトレーニングをしながら発する音声だ。女性の声で、独りであることがわかる。
その女性が出場選手で、トラブルの原因になるとマズいので、アラトは身を隠したまま様子を探った。
上半身は花柄模様の白いスポーツブラ、あるいはチューブトップと呼べばいいのか知らないが、おへそ丸出しのスタイル。
下半身も同じく花柄模様の白いズボン。両足の裾部分にスリットが入ってゆったりしているので、激しい動きでも邪魔にならないらしい。カンフー道着の類なのかもしれない。
そして白いシュシュで束ねた黒髪のポニーテール。20代半ばくらいか。遠目で見てもなかなかの美人さんだとアラトは思った。
女性は棒術の練習をしているようだ。その女性の身長とほとんど同じような長さの棒を、軽々と振り回している。中国のカンフー映画で見るような稽古をしているのだろう。
往年のアクションスターに勝るとも劣らない素早いモーション、かなりサマになっている。ひとこと、カッコイイのだ。
棒を振り回しながら、蹴りやパンチを繰り出し、時折、宙返りも織り交ぜる。自ら地面に倒れ込み、スッと軽い身のこなしで飛び起きる。
全身から飛び散る汗がなんとも美しい。
アラトは長居することもなく、邪魔しちゃ悪いとその場をあとにした。
この数日間の出来事で、アラトの感覚は相当麻痺していた。
本来、格闘ゲーム大ファンのアラトが日常生活の中でリアルカンフー美女に出くわしたならば、半狂乱となって歓喜するのだが、それを数倍上回る出来事の連続で、完全に麻痺してしまっている。
それはある意味当然のことだろう。
それから部屋に戻った。
朝食の注文をし、サンドイッチを食べながら本日の試合開始を待つ。
部屋のインターホンが鳴ると、義理子先輩が勝手に入ってきた。
「おはようございます、新人さん」
「おはようございます、先輩」
「今朝は早いですね」
「はい、昨晩はグッスリ眠れて、今朝はシャキッとしてます」
「そうですか、良かったです。さすがは能天気の猛者です」
「誉められたのかどうかわからない誉め言葉、ありがとうございます」
「ときに新人さん、着る服に困らないよう、新人さんが着ていた同じ服を数着準備しておきましたのでご安心ください」
義理子先輩がクローゼットを指差すので中を見る。確かにジーンズ、Tシャツ、黄色いパーカー、下着、靴のセットがいくつか置いてある。パジャマは初日に着たアロハシャツのようだ。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
(逃がさないために、ここまでやるんだ。参りました。ホント、降参です)
と、両手を上げてみせた。
「まっ、せっかくなので……」
と言いつつ、全く同じ服に着替えるアラト。実際、至れり尽くせりだ。
義理子先輩は昨日座っていたソファーを陣取り座り込む。どうやら定位置にしたようだ。モニターをジッと見つめ9時まで待つ様子なので、急ぎ朝食をとり、こちらも観戦準備を整えることにした。
モニターに何が映っているのか不思議だったので、コーヒーをすすりながらのぞいてみる。
すると、本日の対戦カード『ドラゴンVS恐竜』の解説をしている。
「あれっ、昨日はこんなのなかったのに」
「はい、双方ともテレビを鑑賞しないから問題ないのでしょう」
「なるほど」
と言って、アラトも昨日と同じソファーに座り込んだ。
ドラゴンと恐竜。己自身が対戦するとなると、当然両者とも恐ろしい存在だ。それでもアラトにとっては、第一回戦同様エキサイティングな対戦カードになるのだ。
【ポイント評価のお願い】
数ある作品群から選んでいただき、そして継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
誠に図々しいお願いとなりますが、お手間でなければ、ポイント評価をお願い申し上げます。
どうも有難うございました。