第三十七章 主人公VSスライム その5
ついに5日目の9時、合計96時間目を迎える。
24時間前に飲んだ最後の栄養ドリンク剤の効果が切れる頃だ。
睡魔との格闘も、ここから本格的に地獄を迎える。
アラトは、24時間前からこのことを認識していた。つまり、体力と精神力、集中力の温存を、最後の4時間で発揮できるように意識していたのだ。
この戦力源泉の時間的配分については、長期戦になりやすいテニスの試合で培ったもので、ここでも活用できた。
随分とノロノロになったアメスライバの位置を確認しながら、惑星破壊キャノン砲を闘技場の端に配置、円の中心に砲口を向ける。逆側の端からアメスライバがキャノン砲に向かってきたところを狙ってブッパできるような位置取りだ。
エネルギー充填を開始する。4時間後にブッパ。そこが合計100時間となる時間上限ポイントだ。
キャノン砲をジャケットから分離した状態で充填ができるか不明だったが、可能であると確認し、ホッとするアラト。
「さぁーて、ギリコちゃん、ちゃんと応援してよ! 約束どおり勝つからさ!」
急激に疲労感がアラトの全身を包み込み、空腹感と口渇感も同時に押し寄せてくるのを認識し始めた。
「あっ、ヤバイこれ、今までごまかしてきた疲労の蓄積、ツケ、が舞い戻ってくる、ヤバイヨ、ヤバイヨォォォ~」
アラトは両手の拳を力一杯握り締め、自分自身に気合を注入する。
「ぬぉぉぉ~、気合注入ぅぅぅ~、気合ダァ! 気合ダァ! 気合ダァ!」
◆ ◆ ◆
3時間経過。残り1時間。
この3時間の精神的激闘は熾烈を極めた。
「止めたい、もう無理……、ダメダメ、絶対ダメ……」
アラトの顔はゲッソリ、目の下のクマは真っ黒、脳が焼き切れんばかりに疲れている。
腹減ったとか喉渇いた、よりも、眠気の攻撃力が遥かに上回り、アラトの脳は、『諦めたい』と『絶対ダメ』の間を無限に往復していた。
なぜなら、たったひとこと『降参!』と言えば、命の安全、安心、安楽、安眠の全てをいっきに手にすることができるからだ。
(ぼ、僕は、いったい何のためにこんなことしてるんだ……、死ぬかもしれないのに……。ギリコを人間にしたい? ギリコが美人だから? ギリコとエッチしたいというのが本音? 僕の本音はいったいなんなんだよ……、何の意味がある?)
アラトは涙があふれそうになるのを堪える。
(違う、違う、違う、そうじゃない! 僕は、僕は、ボ・ク・ハ、やると決めたら、絶対やる男だぁぁぁ!! って誓ったよね。あれは嘘? 僕が僕自身に嘘ついた?
テニスの練習だって、好きで好きで好きでたくさんやった。でも大会で優勝とか一度もない。どんなにガムシャラにがんばっても、報われなかった……。
それでも後悔したことは一度もない。だって、一生懸命やったもん。そんなこと誰も褒めてくれない。自分しか知らない。自分しかわからない、どんだけがんばったかなんて。
だ・か・ら、自分が自分にウソついちゃいけないんだぁ!
絶対、やりとおす! 絶対後悔させない! 後悔する人生を送らせない! この約束を僕が守れなかったら、何も報われない! 他人のためじゃない、自分を諦めさせないために、絶対、絶対、絶対、最後までやり切る! 自分が自分を信じて、好きであり続けるために!)
アラトの視界は滲んでいた。
「ギリコ、帰ったらヨシヨシしてね!」
そうこうしているうちに、残り5分で合計100時間を迎えるところまできた。
「最後の調整だ。ここでミスったらおバカで終わっちゃう。慎重に、臨機応変に」
アメスライバは随分とノロノロだ。これなら失敗のしようがない。
アラトは、ふと考える。
(こいつもなんやかんやで、がんばって追いかけてきたよな……。たぶん、僕と一緒で疲れ切ってるはず。
それでも、有無も言えずこの世から消滅させられるなんて不幸だよね……。別に恨まれてるわけでもないのに……)
発射ボタンを押下してから、実際の照射開始まで10秒のタイムラグがあるが、アメスライバが端から端に移動するのに優に5分は掛かるので、時間的余裕は十分。
アラトは残り5分の時点で、タイミングを見計らって惑星破壊キャノン砲の背後へと着地した。エネルギー充填具合に問題無し。
位置的にちょうどアメスライバがこちら向きに方向転換し、ノロノロ動き出す。キャノン砲の真正面。距離40mくらいで発射ボタンを押下すれば、10秒のタイムラグをいい具合に埋められるはず。少し引きつけてビーム照射だ。
アメスライバが中央付近を通過し、適度な距離となった。惑星破壊キャノン砲発射ボタン押下、長押し。グワングワンと重厚感ある音を発し始める。
突然、異変が起きる。
真っ直ぐこちらに向かっていたアメスライバが、真横に移動し始めた。思ったより移動速度が速い。奴も、必死に自分の命を守ろうとしている。
「なんじゃ、そりゃぁぁぁ!」
アラトは超焦った。
10秒後にビーム照射が開始される。
アラトは、キャノン砲の砲身を両手で掴もうとしたが、右手のレーザー銃の砲身が床に当たって邪魔になる。咄嗟に外そうとレーザー銃に触れると異常に熱かった。
「アッツ!」
焦っているうえ、もう時間も無い。
アラトは邪魔なレーザー銃をむりやり取り外し、床へと放り投げる。気にしている場合じゃない。
しかし数秒後にビーム照射されるキャノン砲の砲身を、両手で掴んでいる余裕はなくなった。エイッ、と砲身を蹴るようにしてアメスライバ側に向ける。
強烈な閃光とともにビームを照射。未体験の4時間充填だが、見た目は2時間充填よりもビームがかなり太い。
照射方向は問題なく、太いビームの奔流がアメスライバを捉えた。
「ヨシ、行け! このまま消滅してくれぇぇぇ!!」
しかし、床に固定されていないキャノン砲が反動で暴れ出す。
その刹那。
照射ビームの筋がずれ、アメスライバの肉体半分がビームから逃れるのを視界に捉える。
「そんな、バナナ! あっ、かんじゃったぁ」
弾け飛んだアメスライバの肉体が残滓となって床に着地すると、さっきよりも倍の速度でアラトに向かってくる。
まさに猪突猛進。腹をすかせた猛獣が飛び掛かってくるかのような勢いだ。
一方、キャノン砲はビーム照射を終えた。
アラトは絶望した。
「そんな、バナナ……」
アラトは逃げることも忘れ、膝から崩れ落ちた。
あと数10秒で、上限100時間。
このまま終わるのか。
両手を地につけ四つん這いになり絶叫するアラト。右手で地面を叩きつける。
「クソッ、クソッ、クソッ、ちくしょうぉぉぉ!! 絶対にあきらめるもんかぁ! 絶対にぃ! 死んでも!」
突如、下を向いているアラトの頭上が閃光に包まれ、何かが起きている。
上を見上げると、見たこともない大きさのエネルギーの塊が急に飛来し、アラトの目前まで迫ったアメスライバの残滓に直撃した。
ジュッと一瞬焼ける音。焦げ臭い匂い。空中を漂う白煙。
アラトは上半身を起こし、キョロキョロと周囲を確認。やがて静けさが訪れる。
「いったい、何が……」
アメスライバの姿はどこにも無い。
「僕が勝ったのか? 勝ったのか?」
言いながらぶっ倒れるアラト。うつ伏せになって寝転がる。
「ギリコォォォ~、カッタドォォォ~、カッタドォ……」
そのまま気絶するように、意識が薄れていく……
【作者より御礼】
数ある作品群から選んでいただき、かつ、継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。
【ポイント評価の心からお願い】
継続して読む価値がある作品だと感じていただいてる読者様、どうかお願いです。面白い作品になるようにと、一生懸命頑張ってきました。作者へのご褒美と思って、ポイント評価をお願い申し上げます。




