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第一章 デス・ストーリーは突然に その9

1.5 大会初日の朝 アラトの部屋


 翌朝を迎えた。


 ホログラムと思しき朝日がアラトのまぶたに直撃し目を覚ます。


 昨晩は眠れたか、寝られるわけない。アラトは寝不足で重たい頭を抱えて、昨日の出来事を確認する。


「謎だ。謎だらけだ……」


 昨晩は結局何も食べていない。気分は悪いが、お腹はすいている。たしか無料でメシが食えるとか。ベッド脇に設置してある固定電話の小さな案内表示に従いフロントへ電話した。


 AIと思しき音声が受け答えするので、適当に朝食を注文した。5分後にはモーニングセットを届ける配膳ロボが部屋までやって来て、サッサとどこかに帰っていった。


 高級ホテルを彷彿させるホットコーヒーの香りが鼻をくすぐり、嫌な気分を拭い去る。霧がかった頭の中が晴れ渡ってくる。心に染みるコーヒーの味わいに、涙がほんのりと浮かんできた。


 ふと気づくと、高級な材質でできているだろうテーブルの上に、昨晩、義理子先輩が持ってきた第一回戦対戦組合せ表が置いてある。


「そうか、せっかくの第一回戦対戦組合せ表、全然確認してなかった……。相変わらず僕ってアンポンタンやなぁ~」


 第一回戦対戦組合せ表を拾い上げ、コーヒーカップ片手にウロウロとだだっ広い部屋を徘徊しながら眺めてみる。


 ブブゥゥゥゥゥゥ~


 口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまった。テーブルがコーヒーまみれだ。


「なんじゃ、こりゃぁぁぁ!!」


 アラトは思わず絶叫した。たぶん、義理子先輩の耳にも届いたに違いない。


 たしかにアラトの対戦相手はメイドと表記されている。正確には『メイドVS新入社員(試用期間中)』だ。


「僕は新入社員かぁ~い! まんまやん、そのまんまやん!」


 そして、そして、残りの30枠がもうムチャクチャだ。


「なんじゃこの鬼とか、悪魔とか、吸血鬼とか。怪獣に恐竜、金龍? ど、ど、ど、どういうことぉぉぉぉぉぉ!?」


 急速に回転数を上げるアラトの能天気脳。


(金龍は縁起がいいぃ~、とか言ってる場合では決してない! マズい、どうしよう、すぐさま逃げなければ!)


 コーヒーカップを手荒にテーブルに置く。


(待て待て、話がムチャクチャすぎる。よく考えろ、アラト!

 ん~、全国ご当地キャラコンテストとかいうこともある。

 いやいや、昨日の『世にも奇妙な案件』を統合すれば、怪物と戦うとか、十分ありうるんじゃないか?

 やっぱ、逃げよう、昨日の中庭、あのマジックドアから逃げよう! それっきゃない!)


 昨日着ていたジーンズと黄色パーカーに着替え、例の庭園まで走る。


「良かった、まだある、あのドアが!」


 昨日通り抜けた謎のドアに駆け寄り、ガチャっと開けた。


「ダメだ! やっぱダメだ!」


 開けたドアの向こうも同じ庭園の景色。昨日と変わらない。


 アラトは、ひとしきりドア周辺をグルグル回って、カギとかスイッチとかないか探してみる。何も見つからない。ドアの下も寝そべって探ってみる。


「新人さん、どうされました? お散歩ですか?」


 アラトはギクッとして、声の方向へと振り返った。うつ伏せ気味の体勢でお尻を天に向け突き出していたので、少し恥ずかしい。


 コホン、と何事もなかったかのように立ち上がる。


「義理子先輩! おはようございます! 朝の散歩は気持ちいいですね。いやぁ~、早起きは三文の徳ってホントなんだぁ~」


 アラトはイミフのセリフを吐き、背伸びをしながらあくびをしてみせた。


「おはようございます。ところで、新人さん」


「はい?」


「無断でオフィスを退去しますと、重大なコンプラ違反となりますのでご注意ください」


「こん? こん……、こんぷり……ぃーと?」


「コンプラ違反です」


「こん……、あっ! コンピュータ・プログラムですね!」


「そんな鬼の首取ったように答えても違います」


「コン……、あっ! コンピュータ・プラモデル!?」


「違います」


「コスプレ?」


「完全に遠ざかっています。コンプラ違反です」


「コン……」


「新人さん、就職活動の必須アイテム『面接試験模範回答テンプレ集』にコンプライアンスの説明がありますが、読んでないのですか?」


「テンプレ? 『オレ最強! ハーレム主人公最高!』的な? そっか、テンプレってコンプラともいうんですね。勉強になります」


「新人さんのあっぱれな大胆さに敬服いたします。人事評価が楽しみですわ」


 例によって、義理子先輩の目が笑っていない。


「はい……。その、ちゃ、ちゃんと勉強しておきます」


「そうですか。それは良かったです。

 さぁ、オフィスに戻りましょう。9時から第一試合開始です。試合模様を観戦するのも仕事の一環ですわ。わたくしも新人さんの部屋で一緒に見ますので」


「わ、わかりました」


 毎度毎度そうなのだが、超絶美人先輩のペースに完全に飲まれる。なにかあらがえない独特のペースと逆らえない雰囲気に制御されて、まるでいいおもちゃだ。


(僕の背中にリモコンのアンテナでも付いているのか?)


 と嘆息するアラト。


 例によって、先輩が無表情でスタスタと歩き出すので、急ぎ駆け寄りあえて隣に並んだ。


「先輩、色々アドバイスがほしいのですが」


「はい、なんでしょう?」


 と、作り笑顔をこちらに向ける。


 アラトは手をスリスリしながら先輩に切り出した。


「え~とですね、例えば、先輩が僕の代わりに第一回戦に出場するとか無理なんでしょうか? 僕は、その、まだ右も左もわからないし、新人だし、ここはひとつ、先輩が後輩にお手本を見せるということでいかがでしょうか?」


 恐る恐る先輩の顔をのぞきこむ。


「それはとってもいいアイディアですわ。次回の出場時に本社と検討して参りましょう」


(でたぁ~!)


 『検討する』と言ってしまえば、あたかも本気で相手の要望、苦情を受け止めているかのようなジェスチャーになる。ビジネスシーンでは有用なごまかし話法。それ以上、文句を続けにくくする魔法のセリフ。


「えっと、できれば、今回採用していただければ、と」


「ご安心ください。きちんと検討いたしますわ」


(あかん、この人には勝てない。そして、何一つ安心できない。それに次回っていつだよ!?)


「それと、わたくしが新人さんの身代わりになれない理由がほかにありますので、ご容赦ください」


(え~と、女の子だからとかなのか?)


 なんやかんやで、自分の部屋、もとい、オフィスに先輩と一緒に戻ってきた。


「ときに、新人さん。わたくしも心配事が一つあります」


「はい?」


「わたくし、昨日、新人さんを我社に採用するにあたり、新人さんの目を見て採用を決心したのです。

 新人さんの未来に向け真っすぐに見据えているまなざし、何事も全力を尽くすと言わんばかりに輝いている瞳を見て、この青年は信用に値すると判断いたしました。

 決して、途中で仕事を投げ出したりはしない、と」


「ギクッ」


「女性が一人で着替えているところを狙ってオフィスに飛び込んできたりしない、と」


「ギクギクッ」


「こんな素晴らしい青年を、わずか月200万円程度で、我社に迎えることができるなんて、あぁ、神よ、なんて、幸運なことでしょう。わたくしに不幸が突然訪れたとしても、決して悔んだり恨んだり致しません」


「……」


「万が一にも、いえ億分の一の確率でも、あのまなざしが嘘だったなんてことは、この先何があろうとも絶対にありえないのです」


 両手を胸の前で組み合わせ、お祈りを捧げるポーズで天を仰ぎ締めくくって、義理子先輩の演説は終わった。


 ちなみにアラトの人生も終わった。もう抵抗できない。


(僕はだましたつもりはまったくないのですが……。どちらかといえば、先輩の瞳にだまされたと思っています)


 義理子先輩とは視線を外し、話を続けるアラト。


「ご安心ください、義理子先輩。逃げ出そうとか考えて……」


「はい」


「……考えていませんから」


(はい、完全に諦めましたぁぁぁ! 本当にご安心ください! もう生きていくのを諦めましたからぁ~)


 アラトは両肩から力が抜け、全身がフニャフニャになってソファーに座った。


「さぁ、新人さん、第一試合始まりますよ。テレビをみましょう」


 かなり大きいモニターが部屋の壁に設置してある。テレビというのは観戦用モニターのことらしい。

 死んだ魚のように光を失ったアラトのまなざしに、先輩が笑顔を向けてきた。


「第一試合は、インヴィンシブル・スター対スーパージクウナイツですよ、新人さん。わたくしはスーパージクウナイツが勝つと思います。大ファンなんですよぉ!」


 いつも抑揚の少ないあの先輩が、推しメンの前ではしゃぎだす女子高生のように、急にルンルン笑顔になっている。昨日先輩と知り合って以来、彼女がこんなに明るい笑顔を見せるのは初めてだ。


(そもそも誰? 先輩は知ってんのかな……)


 アラトは生気を失った顔のまま先輩を見つめる。ピントが合っていない。それでも、頭の片隅で思うのだった。


(へぇ~、先輩もかわいいとこあるなぁ~)




【ポイント評価のお願い】

 数ある作品群から選んでいただき、そして継続して読んでいただいていることに、心から感謝申し上げます。

 誠に図々しいお願いとなりますが、お手間でなければ、ポイント評価をお願い申し上げます。

 どうも有難うございました。


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