7異郷の花嫁
明けてその夜。アルーアの王宮には篝火が灯され、荘厳な雰囲気に包まれていた。樂の音が響き渡り、アルーアの正装をした男女が美酒と美食を堪能する。
雛壇に花嫁衣装を着て座ったシャロンは、じろじろと不躾な視線があちらこちらから飛んでくるのに耐えていた。1度目は顔を伏せていたから、こんなに視線が飛んできているのを知らなかったのだ。
横には花婿の格好をしたアルクトゥールスが座っている。彼の方も視線に辟易しているように見えた。
「まこと、美しい花嫁だな。アルクにはやるのは惜しい」
ざらついた声がして悪寒が走る。極力顔には出さないようにして、頭を下げた。
「レアルのおなごにしては従順そうだ……どうだ、儂の嫁にならんか? ん?」
吐き気がする。シャロンは懸命にそれに耐えた。その時、ぐい、と手を引かれる。
「俺たちはもう部屋に戻る。もう、じゅうぶんだろう」
「アルク、おまえも男だったか。我慢できなくなったらしい」
どっと、笑いが上がる。アルクトゥールスは、何も言わずシャロンの手を引き長い廊下を渡り、自分の宮へと連れて帰った。扉を閉めて大きくため息をつく。
「悪かったな。嫌な思いをさせて」
「いいえ、大丈夫」
あの王から、アルファルドとアルクトゥールスが生まれたのは信じられないが、そんなことはどうでも良いことだ。
アルクトゥールスは肩が凝ったと言いながら上着を脱いだ。
シャロンは水差しがあるのに気づいて水を注ぐと、アルクトゥールスに差し出した。
「どうぞ」
「……どうも」
しかし、アルクトゥールスはその水に口をつけない。ああ、毒を疑っているのか、とシャロンはアルクトゥールスの椀を取ると、一口飲んだ。
「毒などいれてません」
「……悪い」
罰が悪そうにそう言うと、アルクトゥールスは椀の水を飲み干した。
シャロンも上着を脱ぐと、細い二の腕が露わになる。1度目には驚いたが、2度目の自分は知っている。だが、アルクトゥールスが、ぎょっとしたような顔になり急いで顔を背けた。
着物に紗の薄物をかけてあるだけのこの姿は、脱がせやすくするためだ。
「上着を着てくれないか……」
「私も肩が凝りましたから……」
前回にはないやりとりに、シャロンも少し赤面する。そして、アルクトゥールスへと向き直った。
「アルクトゥールスさま、私を抱く気にはならないでしょう?」
「……ああ」
その短い肯定の言葉に、少し心が寂しくなる。
「お互いがその気になるまで、白い結婚でいませんか?」
「……良いのか?」
「はい」
アルクトゥールスはほっとしたような、息をついた。
「助かる。感謝する」
「そんな。頭を上げてください」
シャロンは仕方ないです、と笑う。アルクトゥールスはそんなシャロンを見て少し気まずそうな顔をした。
「アルクと呼んでくれ」
「え……?」
「あと丁寧に喋るのもやめてくれ。普通に話してくれるとありがたい。周りの目もあるしな」
そういうことか、と苦笑する。でもこれは回帰前にはなかったことだ。回帰前は事切れる寸前まで、愛称で呼んだことなどなかった。
「じゃあ、アルク……宜しくお願いします」
「ああ、こちらこそ。もう寝るか、疲れたろう」
くっついた布団を離す気まではないらしいとシャロンは安堵する。横になったアルクトゥールスの背を見る。何度、この背を見ながら眠ったことだろう。懐かしさと切なさが込み上げた。
「あの……アルク」
「……なんだ?」
「手だけ握って良い? その、心細くて」
どきどきしながら思い切って言葉に出してみる。返答はない。やはりだめか、と思ったとき、大きな手がシャロンの手を包みこんだ。