決意
「シャロン、寂しくなるわ」
幼い頃から一緒に、妃教育を受けたリエッタがシャロンの首に抱きついて言う。
「私もよ。リエッタ……。天主様のことお願いね
」
シャロンとリエッタは同じ白銀の髪。ここレアルでは金の髪の天主に次いで位が高く潜在能力の高い資質を持っている髪色だ。その後は、青銀、白、青……と髪色で持っている能力も地位も決まる。
シャロンとリエッタは幼い頃から天主の花嫁候補として教育を受けていたが、レアルの民が蛮族と蔑んでいた海を隔てたアルーアとの国交の正常化が決まり、その証としてシャロンがアルーアへと嫁ぐことになった。
「シャロン……どうか、許してくれ」
そう天主に言われれば首を振るしかない。幼いころからずっと、憧れていた。鮮やかな金の髪に、蒼天の瞳。なによりも優しかった天主様。私よりもリエッタのほうが天主様の花嫁にふさわしかったそれだけのこと。
「天……さま。勿体ないお言葉です」
天様、私だけに許された天主様を呼ぶ呼称。幼いころからの癖が今でも抜けず、天主様も許してくださっていた。
天主がシャロンを抱きしめる。
「どうか……元気で、幸せに……辛かったら……」
そう言いかけて天主は辞める。辛かったら戻ってこられるわけではないのだ。
もう一度、リエッタに抱きしめられる。
「シャロン。天主様のことは私に任せて」
囁かれるようにそう言われて、絶望が体を駆け巡る。もしも、私がリエッタの立場だったら、同じことを言えるのだろうか。
白い宮、緑なす木々。美しい故郷レアル。幼いころから慣れ親しんだ王宮。慕わしい天主様。
私はこれらを異郷に嫁いでも捨て去ることはできなかったのだーー
回帰能力が私に本当に私にあるとしたら天主様に話せば、リエッタがどんな根回しをしていても私は天主様の花嫁になれるだろう。
シャロンはそう考える。
なぜなら、それだけ潜在能力が高いことを示せるのだから。潜在能力が高いものが天主の花嫁になる。それはこのレアルの不文律だ。
3日後の花嫁の発表を控え、シャロンは迷っていた。この事を天主に、告げようか、告げまいか。
「これは、どうなさいましたか。シャロン様」
「いえ……少し、天主様とお話をしたいと……通していただけるかしら?」
扉番の青年はお待ち下さいと一旦中へと入り、笑顔で出てくる。
「天主様がお会いになられるそうです。どうぞ」
シャロンは胸の前で不安気に手を組んだ。
「どうしたんだ、シャロン」
優しい蕩けるような美声がして、シャロンは礼をとった。顔を上げると、懐かしい天主が優しい笑みを浮かべて窓辺に座っている。おいで、というように手を招かれて、シャロンはおとなしくそれに従った。
「どうしたんだ? なにか話があるのかい?」
「天様……私……」
何もかもが懐かしくて胸がいっぱいになる。優しい笑顔、口調、シャロンにとっては1年ぶりに見るものばかりだ。
「……どうした、なにかあったのか?」
天主の口調がひどく心配そうなものに変わってシャロンの手を優しく取った。
シャロンが物心がつく前から優しくしてくれた人だった。天主の花嫁になることを夢見たし、そう願った。
いま。いま、自分の体験したことを話せば、天主の花嫁になることができる。
けれど、シャロンは知ってしまった。アルクトゥールスの不器用な優しさを。今際の際に見た涙を。
「……いいえ、なんでもないんです」
シャロンは首を振る。
「少し、お会いしたくなっただけ」
天主に対する気持ちと、アルクトゥールスへの気持ちは違う。これは兄に対するような気持ちだと今ならわかる。わかってしまったのだ。
もう、私は戻れないとシャロンは焦燥にかられながらも、決心した。