第009話 お出かけの誘い
毎日19時に投稿を頑張ります(9日目)
う、かなりキツくなってきた。。。
初執筆で毎日投稿をすると言った私はバカなのかもしれない。。。
書斎の大きな窓から、柔らかな夕焼けの日差しが差し込んでいた。
机に向かうヴィエナは、長時間の勉強による疲労を感じながらも、最後の気力を振り絞って書物に目を落とす。
エドガーが手元の書をめくりながら、落ち着いた声で言った。
「次はフロス熱についてですね」
ヴィエナは小さく頷いたものの、どうにも頭が働かない。
集中しようとしても、ふと視線が隣へと流れてしまう。
机越しに見えるエドガーの横顔——すっと通った鼻筋、凛とした表情。
(……この人とずっと一緒にいられたら)
ふと浮かんだその考えに、ヴィエナ自身が息を呑んだ。
(……さっきから、何をやっているのかしら。エドガー様のことばかり考えてしまう)
自分を叱咤するように頬を軽くつねるが、それでも思考は上手く切り替わらなかった。
まるで、心のどこかが彼に囚われてしまったかのように。
「申し訳ありません。少し休憩を挟んでもよろしいでしょうか?」
集中力が限界に達したことを悟り、ヴィエナは控えめに申し出た。
エドガーは「長時間の勉強でしたね、本日はここまでにしましょう」と穏やかに微笑み、書物を閉じる。
「それでは、少し気分転換をしましょうか」
2人で庭へ出ると、ヴィエナの愛馬である白馬のルナが、のどかに草を食んでいた。
ヴィエナが呼びかけると、ルナは耳をピクリと動かし、嬉しそうに顔を上げる。
その愛らしい仕草に、ヴィエナは自然と微笑んだ。
「良い馬ですね」
隣でエドガーが、感心したようにルナのたてがみを撫でる。
その手つきは驚くほど優雅で、馬の扱いに慣れているのがよく分かった。
「エドガー様は馬に乗られるのですか?」
「ええ。幼少の頃から父に仕込まれましたから。騎士の家の息子として、馬術の鍛錬は欠かせませんでした」
エドガーは遠くを見つめるように言った。
その横顔には誇りと、どこか懐かしさが滲んでいる。
(やはり、エドガー様は騎士の家の生まれ……その生き方は、私とは異なる世界にあるのね)
そんなことを考えていると、不意にエドガーが言った。
「そうだ。今度、一緒に馬に乗って薬草を採りに行きませんか?」
「……薬草を?」
思いもよらぬ誘いに、ヴィエナは驚き、瞬いた。
「薬草の知識を深めるには、実際に採取するのが一番でしょう。アルセイン領の近くの森には、珍しい薬草が多いと聞いています」
確かに、机上の学問だけでなく、実際に触れて学ぶことは大切だ。
それはヴィエナ自身も理解している。
けれど——。
「……ですが、二人きりで出かけるのは、おそらく父が許しません」
貴族の娘であるヴィエナが、独身の男性と二人きりで出かけるなど、社交界の常識としても好ましくない。
「ならば、護衛を連れて行くのはどうでしょう?」
「それでも難しいと思います」
ガイゼルは何かと厳格だ。
侍女や護衛が同行するとしても、そう簡単には許可しないだろう。
「従者に採取させれば済む話だ」と、きっと言うに違いない。
するとエドガーは、少し困ったような、それでいてどこか拗ねたような表情を浮かべた。
「できれば、二人きりで行きたかったのですが……」
「……え?」
不意の言葉に、ヴィエナの心が大きく跳ねる。
「共に馬を走らせ、静かな森で薬草を探す。そんな時間も悪くないと思いませんか?」
優雅な物腰で語る彼に、ヴィエナは何も言えなくなった。
顔が熱くなるのを感じながら、必死に平静を装う。
「……、一度父に相談してみます」
「ええ。今日は帰りますので、学園で結果を聞かせてください」
エドガーは微笑み、そろそろ帰ると告げた。
夕方、ヴィエナは父の書斎を訪れた。
ガイゼルは机に向かい、書類に目を通していたが、娘の気配を察すると視線を向けた。
「珍しいな。どうした?」
「お父様……お願いがあります」
少し緊張しながら、ヴィエナは薬草採取の件を切り出した。
「薬草の勉強のために、領地近くの森へ行きたいのです」
その瞬間、父の表情が険しくなる。
「駄目だ」
即答だった。
「……どうしてですか?」
「危険だからだ。森には野生の獣もいるし、盗賊が出る可能性もある。そんな場所にお前を行かせるわけにはいかん」
「ですが、護衛をつければ——」
「お前が行く必要はない。薬草なら従者に採取させれば済むことだ」
一切の妥協を許さない声音だった。
父としては当たり前の判断。
ヴィエナは口を開こうとしたが、言葉が出なかった。
(……そう。やっぱり駄目だった)
否定されることには慣れているはずなのに、今回は妙に胸が痛んだ。
「……分かりました」
落胆を隠しきれないまま、ヴィエナは静かに頭を下げる。
期待などしていなかった。
けれど、叶わないと分かった途端、思いのほか胸が沈んでいく。
(どうしてこんなにがっかりしているのかしら……)
自室へ戻ったヴィエナは、ベッドの上でぼんやりと天井を見つめた。
(エドガー様と……二人で、森へ行きたかったな)
ただ勉強のためではなく——。
彼と過ごす時間が楽しみだったのかもしれない。
しかし、その願いはもう叶わない。
(学園で結果を伝えたら、エドガー様はどんな思いをするのかしら……)
落胆の中に、不安が静かに広がっていく。
胸の奥に沈む感情の正体を知るのは、もう少し先のことになりそうだった——。