第062話 祝勝会(アルバート家・復讐編完)
農村の一角。初夏の風が穏やかに畑をなで、緑の海が陽光に揺れていた。
「この農村が、今後エムリット領になる領地だ」
そう語ったのは、ゴードン・アルバート公爵。
商戦が終わり数日が経った今、表情はどこか清々しい。
ガイゼルが一歩前へ出て、ゆっくりと語り始める。
「このたび、旧アルバート領の一部がエムリット家の管轄となることが決定しました。しかし、どうかご安心ください。雇用はこれまで通り継続し、住居や税制も大きな変更はありません。生活は、これまでと変わりません」
ざわめきかけた農民たちの顔に、次第に安堵が広がっていく。
「なら……良いかのぉ」
「うむ、働き口があるなら……」
誰かがそう呟いたとき、周囲も次第に頷き、明るさを取り戻し始める。ゴードンは静かに笑みを浮かべた。
そのころ、コンサード街――――――――
街角の喧騒の中、ヴィエナは小さなレストランの扉を開けていた。看板には『レストラン・ラビア』の文字。
「ラビアさん!約束通り、野菜は今後エムリット領から卸します。しかも……特別価格で」
「……すまないねぇ、あんたみたいな若い娘にこんなこと任せちまって」
「とんでもないです。ありがとうございます、私の方こそ」
心からの感謝を伝え、ヴィエナは深く頭を下げた。互いの誠意が通い合い、ふと窓の外を見れば、空には一筋の雲もない晴天。
同じ時間、クラシック街の小さなホールでは――。
「……この子にとって、ピアノはもう“音楽”以上の存在なのね」
微笑みを浮かべるソフィア。興味のなかった若者たちが、音に導かれるようにホールへ足を運び、ひとときの静寂を共有している。
ソフィアはその様子をそっと見つめ、音楽が人を繋ぐ奇跡を胸に刻んでいた。
一方、ウェルナー領。
父ダニエルの部屋に、エドガーが飛び込んでくる。
「父上!」
「エドガー!」
二人はそのまま力強く抱き合う。
「……自慢の息子だ! 本当に、よくやった!」
感極まった父の言葉に、エドガーは不器用に笑う。その背後から、アヌビスがにやりと口を開いた。
「この人、毎夜外に出て助け船を出してたわよ?街を歩いて説得してたくせに」
「おい、黙れ!おまえ今すぐ外だ!追い出す!」
「ふふっ、怖い怖い」
朗らかな笑いが部屋に響き渡った。
――そして数日後、エムリット領。
「ヴィエナはいらっしゃいますかー?」
ミランダの朗らかな声が屋敷の門の向こうから届く。
「あ、ミランダ様!ヴィエナ様はそろそろ帰られる頃かと……」
応じたのは、侍女のエリザ。
「これはこれは、ミランダ嬢。お時間があれば、お部屋でゆっくりお過ごしください」
ガイゼルが笑みを浮かべて迎える。その堂々たる姿に、ミランダも一礼しながら館へ入る。
すると、続いて現れたのは――
「ヴィエナ嬢はいるか?」
ダニエルと、息子のエドガーだった。
「おお、二人までとは……にぎやかになるな」
ガイゼルが肩をすくめ、笑う。
「そら、ヴィエナ嬢には礼をせんとな。祝勝会じゃ!」
そう言って、ダニエルが声を上げた。
――その時だった。
「ただいまぁ」
玄関の扉が開き、少し汗ばんだ顔のヴィエナが姿を現した。
「主役が帰ってきたぞー!」
ダニエルが高らかに叫ぶと、エドガーが口元を緩めて近づいてくる。
「え?ちょっと、ダニエル公爵殿?エドガー様まで……!」
ヴィエナが戸惑う間もなく、部屋の奥から――
「せーの!」
パンッ! パンパンッ!
色とりどりのクラッカーが一斉に弾けた。紙吹雪が舞い、部屋が一瞬にして祝祭の空間へと変わる。
「この商戦、我々の勝ちだ!」
ガイゼルが宣言すると、皆がそれぞれグラスを手に取る。
「勝利に、乾杯!」
「乾杯!」
グラスが高く掲げられ、カチン、と音を立てて触れ合った。
その笑顔の中心にいたヴィエナは、胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じながら、そっと目を伏せた。
――勝てたのは、私一人の力じゃない。
みんなが動いてくれたから。信じてくれたから。
そんな想いを抱えながら、彼女は今一度、まっすぐ前を見据えた。
これから始まる、エムリット領の未来のために。
新連載もよろしくお願いします!
やっと婚約破棄されたアイクに復讐出来ましたね!




