第061話 裏での出来事
これは、勝負が終わる少し前の話。
ヴィエナが「スキルシェアリングサービス10日間無料」と発表した日の夜に遡る。
――完全に暗くなったコレスニック街。
店々の灯りも次々と落ち、静けさに包まれ始めたその場所に、二つの人影が姿を現した。
「……さて、我々の役目を果たしますか」
「ええ、今夜も、ですね」
二人は無言のまま頷き合うと、別方向に分かれ、それぞれの足で民家の扉を目指していった。
コンコン――。
静かな街に、控えめながらもはっきりと響くノックの音が繰り返された。しばらくして扉が開き、不安げな顔を覗かせた中年の男が首を傾げた。
「……あなたがどうして、こちらへ?」
「今、街中で話題となっているスキルシェアリングサービスについて、お話をしに参りました。ご存知ですよね?」
「ああ……あの、よく分からないサービス。いいのか悪いのか、誰もはっきり言ってくれない……そんな話ばかりですよ」
その答えに、男は深く頷き、瞳をまっすぐに相手へ向けた。
「私は命を懸けて、あのサービスが正しいと保証します。お願いです。どうか、これ以上疑わないでください」
その言葉には、威厳ではなく、真摯さと覚悟が宿っていた。
中年の男は一瞬、息を飲んだようだった。
「……あなたがわざわざ街を巡って説明されるだなんて。よっぽどのことですね。あのビラは、やっぱりデマだったんですね」
男は深く頷き、丁寧に礼を述べると、次の家へと歩き出した。
同じ頃、反対側の通りでも、もう1人の男が一軒一軒、扉を叩いていた。
この夜から、彼らは毎晩、扉を叩き続けた。誤解を解くために。正しい情報を届けるために。人々の信頼を、当人の努力を守るために。
そして――それは次の日も、また次の日も続いた。勝負が終わる前日の夜まで、彼らの足音と声は静かに街を巡っていた。
一方、数日ほど遡ったエムリット領。
静かな夜、執務室の扉が静かにノックされる音が響く。
「ガイゼル様、よろしいですか」
扉を開けたのは、侍女、エリザだった。
「なんだ、エリザか」
「……最近、夜になると外に出ておられるの、気づいています」
ガイゼルが顔を上げた。特に否定もせず、ただ小さく息をついた。
「そうか……気づいていたのか」
「もう一人の同行者、ダニエル公爵なのでしょう? 危険です。どうか、護衛をお付けください」
「……あぁ」
その一言には、言い訳も説明もなかった。ただ、短く肯定するのみ。
だがエリザは、なおも言葉を続ける。
「ガイゼル様とダニエル公爵が街の人々を説得してくださっている……そのこと、ヴィエナ様にも伝えましょうか?」
その提案に、ガイゼルはわずかに首を横に振った。
「……必要ない。我々にできることは、この程度だ。先頭に立って戦っているのは、ヴィエナだ」
「……」
「勝負に負けたら、それは私の力不足だ。勝てば、ヴィエナと、その仲間たちのおかげというだけの話だ」
その言葉に、エリザは静かに頭を下げた。
「……分かりました。ヴィエナ様には、伝えません」
そして、静かに部屋を後にした。
⸻
それから数日後。商戦の終わりが告げられ、ヴィエナたちは圧倒的な勝利を手にした。
ヴィエナは胸を撫でおろしながらも、どこか腑に落ちない感覚を覚えていた。
(……何かが、違う)
敵の妨害は急に弱まり、キャンセルの波も止んだ。それは、まるで風向きが一夜にして変わったような奇跡だった。
だがその理由――
それが、父ガイゼル伯爵と、エドガーの父であるダニエル公爵が、夜な夜な街を巡り、扉を叩き続けていた結果だということを、ヴィエナも、エドガーも、知る由もなかったのだった。
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