第060 決着
街の鐘が鳴り響き、終わりを告げるように夕陽がゆっくりと地平に沈んでいく。
「ただいまの時間をもちまして、商戦は終了です!」
従者が息を切らしながら駆け寄り、報告の声を上げた瞬間、周囲の空気が爆ぜたように歓声へと変わった。
「やったぁー!」
ミランダが両手を広げて跳ねるように声を上げた。
「勝ちましたわね、ヴィエナたちの完全勝利です!」
人々の間にも笑顔が広がり、あちこちで拍手と抱擁が交わされていく。
「本当に……ありがとう」
一人の中年女性が涙ぐみながら、ヴィエナの前に立った。
「あなたたちが本気で取り組む姿を見て、私たちはまた信じたくなったの。あの時は、本当にごめんなさい……」
「……いえ、私の方こそ。皆さんが信じてくださったからこそ、ここまでこれたんです」
ヴィエナが呟くと、民衆たちの中から次々と「ありがとう」「おめでとう」と言葉が飛び交った。まるで街全体がひとつの温かい家族になったかのようだった。
その時――。
馬車の車輪が石畳を軋ませ、ゆっくりと中央広場へと入ってきた。
立派な黒馬に引かれたその馬車の扉が重たく開き、そこから降りてきたのは、かつて傲慢と高圧の象徴だった男。
ゴードン・アルバート公爵だった。
だが、彼の表情には、以前の覇気は微塵も残っていなかった。
灰のように疲れ切った目をヴィエナに向け、静かに言った。
「……お前たちの勝ちだ。約束通り、一部の農村を差し出そう。もう……私には、それを守る資格もない」
その言葉に、辺りが一瞬静まり返った。
ヴィエナはゆっくりと歩み寄り、まっすぐ彼を見つめる。
「ええ、頂戴しますわ。あれだけ嫌がらせを受けたのですもの、やっぱりいらないなんては言いません。」
ゴードンの瞳が一瞬、かすかに揺れる。
「ですが」
ヴィエナの声が、柔らかく続く。
「頂く農村で働く人々の雇用は、必ず守ります。無理な税も、過剰な搾取もいたしません。そこに暮らす人々には、誇りをもって働いていただきます」
ゴードンは、まるで打たれたかのように瞳を伏せた。
「……恩にきる」
その口調には、敗北の苦味と、どこか救われたような安堵が混ざっていた。
しばらくの沈黙の後、ゴードンは独りごとのように呟いた。
「……私は、いつ過ちを犯したんだろうな」
その言葉に、ヴィエナは何も言わなかった。ただ、視線を彼の背に送りながら、心の中で「私も、悪人と同じ。なにも言えることはない。」とそっと呟いて、その場を離れた。
ヴィエナからすると、領地の人々を勝手に巻き込んだ時点で、悪人同然だった。
――――――
その場を離れたあと、ヴィエナはソフィアと共に石畳の歩道を歩いていた。
「それにしても……」ヴィエナがぽつりと呟いた。
「なぜ、最後の最後で、あれほど問題なく勝てたのかしら」
その問いに、ソフィアは微笑みながら答えた。
「なにを言ってるんですか。あなたが本気で取り組んだからですよ」
「ありがとう」ヴィエナは返す。
けれど――どこか腑に落ちない感覚が胸を刺していた。
本気で挑んだから。
確かにそうだ。だけど、最後の数日、あまりに順調すぎた。アルバート家の再妨害も弱く、市民の信頼の戻り方も、やけに早かった。
(理由が分かるのは、すぐだった)
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