第059話 負ける理由
街は活気に満ちていた。
スキルシェアリングサービスの勢いはとどまるところを知らず、約束の2ヶ月まで残り5日を残して、累計売上は3,100万円ジュールを突破していた。
利用希望者の長蛇の列。契約書の山が積み上がり、申し込みは日ごとに増えるばかりだ。
「やったな!」
エドガーの声に、皆が振り返る。彼の瞳には確かな達成感が宿っていた。
「アルバート家の売上は、2,800万ジュールほどだと従者から聞いた。もう、数字でも抜いたな」
「さすが、私の推しですわー!」
ミランダが歓喜の声を上げ、ヴィエナに勢いよく抱きつく。
「ミランダ、はしたないわよ」
「いいじゃない!お祝いムードなんだから!」
賑やかな雰囲気の中、ヴィエナはそっと口を開いた。
「いえ……本当に、皆さんのおかげです」
彼女は、深々と頭を下げた。
「エドガー様、ミランダ、アヌビスさん、ラビアさん、ソフィアさん……改めまして、本当にありがとうございます」
その声には、静かな覚悟と感謝が込められていた。
「私はこの勝負に、たくさんの人を巻き込んでしまいました」
ヴィエナは小さく目を伏せた。
(領地を、商業を……命綱を賭けた勝負だった)
(やっと……やっと、終わる)
その感情は、勝利の喜びよりも、長く張り詰めていた糸が解けたような安堵だった。
だが――油断はできない。
(泣いちゃ駄目……それに…まだ、勝負は終わっていない)
ヴィエナは自分に言い聞かせるように、そっと拳を握りしめた。
その時だった。
「市民の皆さん。お聞きください」
突如、街の空に拡声器の声が響き渡った。
皆が足を止め、空を見上げる。
「こちら、アルバート公爵家のアイク・アルバートです。
市民の皆様が利用している、スキルシェアリングサービスは、極めて悪質な商業です。
安全性の保証もなく、不透明な契約が多発しています。よって、ただちにキャンセルを推奨します」
一瞬、空気が凍りついた。
声の主が誰であるか、それは誰の耳にも明らかだった。
「……また、こんなことを」
ヴィエナは眉をひそめた。
(どんな手を使っても勝つ気ね)
「え……?悪質?」
「本当なの……?」
「そんな……契約、どうしよう……」
市民たちの間に、不安が連鎖するように広がっていく。
エドガーが歯噛みしながら呟いた。
「商戦の終了間際にこんなことをされたら……」
その時――
「馬鹿ね!」
鋭い声が、どこからともなく響いた。
「ヴィエナ様は、私たち市民に無料でお試し期間をくださったのよ!サービスがどれだけ素晴らしかったか、私はこの目で見て、そして感じたの!」
声を上げたのは、かつてキャンセルした女性だった。
彼女に続いて、周囲の市民たちが次々と口を開く。
「そうだ!俺たちは一度、裏切ってしまった。でも、もう騙されないぞ」
「アヌビス様の占いで救われた人を、俺は何人も見てる」
「娘がソフィア先生のピアノを習ってるの。毎日が明るくなったのよ」
「私、病気がちだったけど……ラビアさんの食事で体調が良くなったわ!」
次々と上がる市民の声に、エドガーも目を見張る。
それは、単なる好感ではなかった。
彼らは確かに、スキルシェアリングサービスの価値を、自らの実感として語っていたのだ。
「私は、今後も利用します!」
「契約? もう終わったよ!毎週来るからね!」
「ヴィエナ様の言葉を信じてよかった。今度は俺たちが信じる番だ!」
その反響は、まるで嵐のように街を包み、アイクの声をかき消していった。
「くっ……!」
アイクは怒りに任せて机を思い切り叩いた。
リリアがそっと彼の横で目を伏せる。
「これが……民の信頼……っ」
アイクは負ける理由を呟いた。
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