第057話 順調すぎる
スキルシェアリングサービスは、息を吹き返したどころではなかった。
それは、まるで長く渇いた土地に恵みの雨が降ったかのように──あの日、失った以上の申し込みが舞い込んできた。
「剣術、お願いします!」
「私も!ギルドの仲間も連れてきた!」
ウェルナー家の庭先では、木剣を手にした商業ギルドの青年たちが列をなしていた。エドガーが構えるたびに、彼らの目には期待と尊敬が宿っていた。
アヌビスの元には、運命を占ってほしいという人々が訪れ、笑ったり、時に泣いたりしながら未来への一歩を踏み出していった。
「ふふ……この方は“天使のカード”が出ましたわ。片思い…間もなく実りそうですわね」
ラビアの厨房には、スープの香りと笑い声が絶えなかった。彼女の手元で素材は魔法のように形を変え、訪れる人々はその味に感嘆の声をあげる。
「こんな料理、食べたことがない!」
ミランダのもとには、彼女が使う化粧品とお洒落術を学びたいという女性たちが押しかけた。ミランダは得意げに口紅を指さしながら教える。
「これはね、顔の輪郭をはっきり見せる色なの。昼間と夜で使い分けるのがポイントよ」
そしてソフィアのピアノ教室では、小さな子供から白髪の老婦人まで、誰もが鍵盤に指を乗せ、音に心を預けていた。
──街が、笑顔であふれている。
あれほどの信用失墜を経験したとは思えないほど、今、人々は活気に満ち、満足そうだった。
(……とても、充実してくれているように感じるわ)
ヴィエナは、人々の姿を窓から見つめながら、そっと胸に手を当てた。
頬をなでる風すら心地よく感じるのは、彼らの温かさがあってこそだ。
だが──
(問題なのは、今、無料でサービスを提供しているということ)
どれだけ人が集まっても、それは「無料だから」という理由かもしれない。
“期間限定で無料体験”と大々的に打ち出したこの施策は、裏を返せば──その期間が終われば一斉に去る可能性をはらんでいた。
(……あと三日)
「……少しくらい、キャンセル希望が来るのが自然ですのに。なぜでしょう?」
ヴィエナがそっと口にすると、隣にいたエドガーが顔を上げた。
「僕も、同じことを思っていた。……約束の十日まで、もう三日もない。そろそろ、“やっぱり続けられません”って声が出ても、おかしくないはずなんだが」
彼の目には、不安と期待が入り混じっていた。
冷静を装ってはいるが、彼女にはわかる。彼は今、必死に自分たちの“信じたい未来”にすがろうとしているのだ。
そして翌日──
「お疲れ様です!先生!」
「明日もまた、お願いできますか?」
その日も、スキルシェアリングサービスは好調だった。
むしろ参加者は日ごとに増え、誰一人として「やめたい」と言い出す者はいなかった。
(……不思議なくらい、何も不快な声が届かない)
ヴィエナは人知れず、報告帳に“キャンセル者ゼロ”と記す。
そして、十日目の朝が来た。
白い結婚と言ったのは王子のあなたですよ?
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